卵は日本の食卓に欠かせない。道内には10万羽以上を飼う大規模な養鶏場がある一方、小規模の利点を生かして自然に近い状態に環境を整え、えさにもこだわって鶏を育てている所もある。2018年の胆振東部地震で大きな被害を受けた胆振管内厚真町の小林農園も、その一つだ。復興を果たし「平飼いの有精卵」を作る農園に足を運んだ。(文・有田麻子、写真・中川明紀)
海に近い厚真町浜厚真の平地に、ビニールハウスの鶏舎8棟が立ち並ぶ。扉を開けて中に入ると、にぎやかな鶏の鳴き声が響いてきた。鶏たちはケージ(かご)ではなく、地面で放し飼いする「平飼い」で育てられる。走ったり、地面をつついたり、自由に過ごしている。
「環境を整え、鶏を健康に育てることを第一に考えています」。代表の小林廉さん(38)はそう話す。
1棟の広さは約360平方メートルで、雄と雌合わせて約700羽が生活する。全体では雌5400羽、雄480羽。品種は気性が穏やかで、平飼いに向くというボリスブラウンだ。有精卵として表示できる「雌100羽に対して雄5羽以上」という基準を満たし、1カ月平均で8万個の卵が生まれる。
鶏舎内は「鶏の習性や、本能を大切にしている」という小林さんの言葉が随所に具現化されている。鶏は夜、安全な高い場所で休む習性があるため、止まり木を用意。地面は体の汚れを落とす「砂浴び」ができるよう、土にも工夫を凝らす。
屋外には放し飼いできるスペースも併設する。5月ごろから扉が開け放され、鶏たちは自由に外で太陽の光を浴びたり、草をついばんだりすることもできる。
えさは麦や米ぬか、魚粉など道産の素材を中心に6種類を自家配合する。卵の殻を形成するために必要なカルシウムは、ホタテの貝殻で補う。ビタミンや食物繊維も欠かせず、夏はハコベやクローバーなどの青草、冬は道産のトウモロコシを発酵させた飼料を与えている。
小林さんが農園を設立したのは2013年。厚真町幌里で鶏舎1棟、鶏200羽から始めた。しかし、胆振東部地震で鶏舎と自宅が大きな被害を受け、農園の継続が難しくなった。
「悔しさが大きかったから、ここでやめるわけにはいかなかった。いけるところまで、いってみる」。そう思って浜厚真に移転し、一から始め、現在に至る。
5月には鶏舎を増設し、約千羽を迎える。「平飼いは手間こそかかるが、いずれ養鶏のスタンダードになるはず。その時に先頭を走っていたい」。小林さんはそう言って、鶏に優しいまなざしを向けた。
卵は直売所で10個入り550円、オンラインショップでは、25個1650円などで販売している。道内各地のコープさっぽろでも扱っている。問い合わせは小林農園(電)0145・28・2726へ。
市場にはいろいろな卵が出回っているが、農林水産省によると、殻の色の違いや、有精卵と無精卵で栄養的な違いはないという。一方、養鶏関係者によると、鶏は寒さに強い半面、暑さには弱く、夏は食べるえさの量が減る。このため、卵に含まれる栄養の季節差はあるとみられる。
「キューピー・東京家政大学 タマゴのおいしさ研究所」(東京)は「味がどれほど違うかは分からないが、栄養素は夏に少なくなり、冬から春にかけて高い可能性がある」。ただ、最近の鶏舎は温度管理がしっかりしているため、夏と冬の差は少なくなってきていると考えられるそう。
小林農園の敷地内には、新鮮な卵を使った料理を提供するレストラン「FORT(フォート) by(バイ) THE(ザ) COAST(コースト)」が昨年4月、オープンした。代表の小林廉さんが「自分たちの卵を堪能してもらえる店を出したい」と温めていた夢を、胆振管内厚真町への移住10年目で実現させた。
卵を使ったパスタやカレー、スイーツなどを中心にメニューは約50種類。人気が高いのは「親鶏のスパイスカレー」(980円)で、卵を産み終わった親鶏の肉のほぐし身が入ったカレーに、香辛料とレモン果汁に漬け込んだ卵が添えられている。
卵を口に運ぶと、白身には弾力があり、黄身はとろんとしたうま味が感じられた。料理長の中村慎也さん(40)は「卵で口の中がリセットされるので、卵とカレーは相性がいい」と話す。
「オリジナルピッツァA」(1400円)はピザの上に半熟卵を四つトッピングしている。「自宅でも、あらかじめ作っておいた温泉卵や半熟卵をピザにのせて、からめて食べるとおいしい」と中村さん。
営業時間は午前11時~午後8時。月曜休(祝日の場合は翌日)。問い合わせは同店(電)0145・28・3010へ。
道内養鶏業者 高齢化で減少
農林水産省によると、2020年の道内の鶏卵生産量は全体の3.9%に当たる10万2151トン。都道府県別では9位だった。
道畜産振興課によると、道内で採卵のための鶏を飼う業者は減少傾向。2000年は130戸あったが、21年は56戸まで減った。担当者は「小規模の業者が高齢化でやめた結果」と説明する。
一方で、卵の需要は大きく減っていないため、近年は養鶏業者の大規模化が進み、1戸当たりの飼育数は2000年が4万7千羽なのに対し、21年は9万3千羽に増えた。10万羽以上を飼育している業者も14ある。多くはかごに入れる「ケージ飼い」という。
国際鶏卵委員会の20年調査によると、日本の年間1人あたりの鶏卵消費量は340個。主要38カ国の中で2番目に多かった。
(北海道新聞2022年3月12日掲載)
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