北海道の地域農業を支え、加工や流通の開発に取り組む生産者を表彰する「第19回HAL農業賞」の本年度贈呈式が3月1日、札幌市内のホテルで開かれました。生産技術の向上にとどまらず、独創的な組織運営や企業的な経営を実践する生産者を表彰するのが特徴で、農業を「もうかる産業」として活性化させるのが狙い。本年度は2法人、1個人事業主が選ばれました。
受賞したのは、長沼町の株式会社押谷ファームと同町の桂農場、新篠津村の有限会社ファーム田中屋。いずれも優秀賞が贈られました。
目次
阪神大震災機に就農 データ分析で健康的な土づくり 押谷ファーム
押谷ファームは、押谷行彦さんと志都香さん夫妻が運営。露地やハウスでアスパラやコマツナ、花苗などを栽培し、独自ルートで販売しています。押谷さんは兵庫県尼崎市出身。関西の大手スーパーに勤めていた時に、阪神大震災が発生。生鮮食品が棚から消え、「お金が紙切れに変わった」(押谷さん)経験から、「食べ物をつくる人になろう」と決意したといいます。拓殖道短大(深川市)で農業経営を学び、恵庭市の農家での2年間の研修を経て、2000年に長沼町に新規就農しました。
押谷さんは「勘に頼る農業」ではなく、土壌や肥料の成分分析などデータを積み重ね、健康的な土づくりをしています。流通で働いていた経験から、「売れるもの、高収益で運賃がかからないものをつくろう」とアスパラを選びました。押谷さんのアスパラはうまみが強くみずみずしいと人気で、口コミで道内外から注文が入ります。
また、押谷さんは新規就農者の支援にも尽力しています。2人いる従業員は将来、自立を希望しており、これまでも新規就農者の受け入れや自立の支援をしてきました。
一方、元フローリストの志都香さんは、ガーデンの造成をしています。「花苗やアスパラを買いに来てくれる人たちを花でお迎えしたい」と整備を始め、春から秋にはオープンガーデンとして公開しています。さらに、ガーデンに併設した「押谷ファームカフェ」では、かき氷を提供。押谷ファームでつくったブルーベリーやイチゴ、トウモロコシなどのソースをかけたフワフワのかき氷は大人気で、シーズンの週末には行列ができます。
押谷さんは今回、自薦で応募。「HAL農業賞の受賞者は、私が目指す経営を実践している人が多く、受賞できればそんな生産者ともつながって勉強になると考えました」と話します。志都香さんは「毎年が試行錯誤ですが、自分たちのようにやってみたいと思ってもらえるように、頑張っています」と受賞の喜びを語りました。
携わる人を豊かに 4年後には売り上げ3億円目指す 桂農場
桂農場は桂光さんが妻瞳さんとともに運営。農家に生まれた桂さんは酪農学園大を卒業後、「農業はもうかると思っていたが、経験を積むため30歳くらいまでサラリーマンをしよう」と、タイヤ販売会社に就職。ところが、桂さんが25歳の時、農業を営んでいた父が急逝し、実家を継ぐことになりました。
父の代に花きを大きく伸ばし、主力作物になりましたが、ほかにもブロッコリーや小麦、コメ、ネギなどを栽培しています。花きはトルコキキョウやラナンキュラス、ベビーハンズ、リンドウ、スナップなどを生産。贈呈式で贈られた花束の中をのぞき込んだ桂さん夫妻は「この中に入っているラナンキュラスは、うちでつくったものです」と誇らしげでした。
花きはたくさんの品種があり、その中から作りやすく、市場のニーズがあるものを選ぶのが生産者のセンスです。流行もあり、新しい品種を取り入れ、その品種に合った栽培技術も磨かなくてはなりません。桂さんは「品種の価格差から、高単価のものをつくろうとして、品質が落ちてしまっては良くない。冬は光熱費がかかりますが、年間通じて出荷することで、花づくりの経験を積み、市場にも認知してもらうことが大切」と話します。
また、花に限らず利益が出るもの、今後の可能性のあるもの、利益率などから、いくつかの主要作物を軸に経営を組み立てます。近年は高収益のブロッコリーに経営をシフトさせつつ、複数の作物や事業で計画的な経営をしているそうです。経営を継いだ当初、24ヘクタールだった農地は現在、44ヘクタールに拡大し、売り上げは父が目指していた1億円を超え、2億円に上ります。
従業員は通年雇用が9人、季節雇用では20~25人。桂さんは「家族や取引先、従業員など農場に携わった人を豊かにしたいと思って頑張っています。4年後には、さらに1億円アップさせ、売り上げ3億円を目指します」と自信をみせます。
農作物の加工や流通、販売 若手農業者への技術支援も ファーム田中屋
ファーム田中屋は田中哲夫さんが妻真里子さんや子どもたちと運営。現在は計53ヘクタールでソバやコメなどをつくっています。田中さんは有機栽培や流通経路の開拓、とれた農作物の加工、販売などの6次産業化、若手農業者の指導や技術支援に取り組んでいます。
畑には緑肥を入れ、塩分やミネラルを含む貝殻や海藻を含んだ堆肥を使用。虫除けや雑草対策として、コンパニオンプランツのハーブなどとの混植、エン麦やヒマワリなどのバンカープランツを周囲に植えるなどしています。田中さんは「子どもにアトピーがあり、体にいいものをと始めました。でも、消費者や流通事業者らの需要があり、売れるからで、どうしてもとこだわっているわけではありません。ただ、手間暇かけている分、安全安心なものを食べてもらえる」と言います。
田中さんは農作物の加工、販売にも力を入れています。ソバは生そばに加工して冷凍で販売しています。本がつおの削り節と羅臼昆布でとっただしを使ったつゆも付け、全粒粉のそばは風味豊かでほのかな甘みがあると好評です。
田中さんの小麦「はるきらり」は2020年から、パレスホテル東京のベーカリーのパンの原料として使われています。小麦は製粉の過程があるため有機栽培で生産しても、直接消費者に届けられる野菜やコメと違って、一般栽培の小麦と別にして消費者に提供するのが難しいのですが、田中さんの小麦にほれ込んだホテルが直接契約し、有機認証の製粉所を通して出荷を始めました。ところがその直後、コロナ禍でホテルのベーカリーの需要が激減。ホテルは冷凍パンを開発し、田中さんは無事に小麦の出荷を続けることができたそうです。
また、田中さんは有機栽培の技術やノウハウを後進の農家や若手に積極的に公開しており、道内には田中さんを師と仰ぐ農家がたくさんいます。田中さんは「ぼくの親が『自分で息子を育てなくても、周囲を育てれば、周囲が息子を育ててくれる』と言っていたので、そうしているだけ。ぼく自身、父よりも地域の人や同業の先輩に教えられたことが多い。教わったことで今があるから、惜しみなく教えるんです」と話します。
真里子さんは「東京パレスホテルで自分たちの小麦が使われているのを見て、涙が出るほどうれしくて、むくわれると思いました。草もたくさんはえるし、大変だけど、楽しくやっています」と笑顔を見せました。
贈呈式で、主催する一般財団法人HAL財団の磯田憲一理事長は「道民520万人のうち、農業に携わっている人はわずかだが、心和む豊かな農村や農地に心を寄せる人、シンパシーを感じる人を増やしたい。その豊かな営みを続けるために、HAL農業賞が北海道農業の励ましになればとの思いです」と受賞者をたたえました。