北海道は長年「温泉地数」で都道府県別1位を維持している一大温泉郷です。バラエティに富んだ温泉は北海道の大きな魅力のひとつです。その北海道に数ある温泉の中から、「暑い日が続く時期でも温泉にゆっくり、じっくり浸かりたい」「もともと熱い温泉が得意ではない」という方におすすめの、天然の〝ぬる湯〟の温泉を3軒紹介します。
目次
湯温が異なる湯船を選べる楽しみ
上ノ国町国民温泉保養センター(上ノ国町・湯ノ岱温泉)
湯ノ岱温泉は上ノ国町の市街地から離れた、天の川と山々に囲まれる静かな温泉場です。すでに明治末期には温泉旅館があったようですが、現在も使われている温泉が町によって開発されたのは昭和40年台後半のこと。温泉周辺の環境も含めて保養地に適していると認められ、温泉施設が建設されました。それが現在の保養センターで、営業を始めてから今年でまる50年となります。
使っている温泉の源泉は2本。源泉温度34.5度の「含二酸化炭素-ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉」の1号泉と、源泉温度38.5度の「ナトリウム・カルシウム-塩化物・炭酸水素塩温泉」の2号泉です。温泉が好きな方なら温泉分析書を読むだけでもその貴重さが分かるのではないかと思いますが、多少の温度調整をしつつもその2本の源泉をかけ流しで使用していて、そのお湯の良さがたくさんの温泉ファンに支持されています。
男女の浴室ともに3つの湯船
男女ともに浴室には3つの湯船が並んでいます。手前は2号泉のみの38度、真ん中は2号泉にお湯を加えることで温度を上げた約42度の加温浴槽、奥は1号泉にわずかに2号泉を足して温度調整している35度ほどの温度です。1つの浴室に温度が異なる3つの湯船がありますが、その温度設定は温泉学的にも非常に面白いのです。
お湯の温度はとても重要で、成分(泉質)よりも身体に大きく影響を与えます。日本人が最も好む42度は「温浴」と呼ばれ、刺激的に。38度前後は「微温浴」と呼ばれリラックスするのに適しており、35度前後は「不感温浴」と呼ばれていて最も身体への負担が少ない温度です。
湯ノ岱温泉にはこの3つが揃っていて、仕事や運転が控えていてシャキッとしたいなら温浴、ゆっくりリラックスして過ごすなら微温浴、とにかく温泉に長く入りたいなら不感温浴というように、入浴後の予定などに合わせてどの湯船を中心に入るかを選べる楽しさがあります。
温泉の析出物が作り出すアートな空間
さらに入浴中の楽しみを深めてくれるのは、温泉の成分が作り出すアートのような空間です。浴室の奥の部分が見事で、お湯が静かに溢れる湯船の周りは魚の鱗や棚田のように、奥にある打たせ湯の飛沫が飛ぶ場所は葡萄の房のように、打たせ湯の周りは木の幹のように。芸術作品のような析出物は、さまざまな形や色で目を楽しませてくれます。
入浴客の半数は町外から来ているそうですが、お湯の良さに惹かれて遠くから足を運ぶ常連客がいるのも納得です。
休憩所や野菜直売所、美容室も
湯ノ岱温泉の館内には、ゆっくり過ごせる広い無料の休憩所、プライベート感がある個室の休憩所(有料)、地元の農家さんが設置している野菜の直売所、そして湯ノ岱地区で唯一の美容室があり、訪れる方の憩いの場としても生活の場としても親しまれています。
“地元感”を楽しみつつ、良質なぬる湯の温泉を味わうのはいかがでしょうか。
住所/上ノ国町字湯ノ岱517番地の5 |
電話/0139・56・3147 |
客室数/なし ※日帰り入浴のみ |
日帰り入浴/午前10時~午後8時、料金・大人350円 |
定休日/第1・第3月曜日(祝日の場合翌日) |
絶妙な温度の湯を「人生へのご褒美」に
丸美ヶ丘温泉ホテル(音更町)
丸美ヶ丘温泉は音更町の丘の上にある一軒宿です。現在の女将である後藤陽世さんの祖父がこの土地に入植したのは明治40年頃。開拓のために入植したものの「この自然豊かな土地を後世に残したい、ユートピアになってほしい」と願い、大切にしてきた敷地の中に温泉ホテルが建っています。
ホテルの奥にある個室家族風呂が1年早く営業を始めていますが、温泉ホテルとしては創業50年。その間ずっと温泉を含む土地や自然への感謝を絶やさず営業してきました。
自然や土地への感謝込め敷地内にお社
温泉を含む敷地内の自然環境や土地への感謝の表れとして、後藤さんの祖父は自然環境を守って残すだけでなく、敷地内にお社を建てました。そのお社のすぐ横には温泉の源泉施設があり、「感謝して温泉をいただく」という意識にさせられます。毎年6月に神主を呼んで関係者でお祭りをしていますが、お祭りに関係なく参拝する温泉利用者の方が多く、3年前からお客さんも含め皆で過ごす機会を設けてきました。今年は9月18日(水)に「宝来・龍神祭り」を開催。参拝や芸能奉納に加え、キッチンカー出店や各種ワークショップなどのイベントを行う予定です。
2種類のモール温泉を源泉かけ流しで
大浴場で使っている温泉の源泉は2本。38.0度の「単純温泉」と、47.9度の「アルカリ性単純温泉」。色の濃さは違いますが、どちらも十勝の温泉と聞いて多くの方が連想しやすい〝モール温泉〟です。それぞれの源泉を単独でかけ流していて、先代が守ってきた木々や、その間に見える街の明かりを大きなガラス窓から見ながら温泉を楽しむことができます。宿泊すれば宿泊者だけの朝の湯浴みの時間を堪能できますが、客室は3部屋と少ないため貸し切りのような状態で、宿泊者専用タイムならではの特別感を味わうことができるでしょう。
長い時間浸かっていられる38度の湯船
丸美ヶ丘温泉は「温浴」と「微温浴」の組み合わせで、やはり体調やその後のスケジュールに合わせてどちらの温度を中心に入るかを選ぶことができますし、サウナも人気です。しかしながら、大半の方が38度の湯船を中心に利用しています。ぬる湯の湯船は一度入ったら出るタイミングが難しく感じるほどの絶妙な温度で、熱い温泉よりも長い時間入ることができるため、地元の常連客の方々の会話も弾みます。
そして、その湯船の脇に掲げられているのが「天然温泉(源泉掛け流し)は人生のご褒美です」という印象的な言葉。温泉への感謝の気持ちがかけ流されている言葉です。自分や自分の大切な方への「人生のご褒美」に温泉に行ってみるのはいかがでしょうか。
住所/音更町宝来本通6丁目2番地 |
電話/0155・31・6161 |
客室数/3室 |
日帰り入浴 ▽大浴場/午前10時~午後11時、料金・500円 ▽個室家族風呂/月~土曜は午後2時~午後11時、日曜は正午~午後11時。料金・大人1室1名1000円、1室2名以上は1名700円 |
ホームページ/ https://bd8p1.hp.peraichi.com/marumigaokaonsenhotel |
「交代浴」も楽しめる個性異なる2つの湯
十勝岳温泉 凌雲閣(上富良野町)
源泉発見から3年以上かけて旅館完成
十勝岳温泉の凌雲閣は北海道で最も標高が高い場所にある温泉として知られ、今年で創業60年を迎えた湯宿です。
凌雲閣の源泉が発見されたのは昭和34年。創業者である會田久左衛門は町で看板屋さんを営んでいましたが、山に入る一般の方が増えたため山の地図の看板を作ることに。そのために十勝岳を測量していた際に源泉を発見しました。山から降りてきた人たちが温泉に入れたら喜ぶのではないか、そう思って旅館を建てることにしたのです。
当時は現在のように直接アクセスできる道路はなく、道路があったのは現在の吹上温泉まで。そこから先はかつて火口から採取した硫黄を運搬するための登山道しかありませんでした。馬と人力で少しずつ建築資材を運び、3年以上かけて旅館が完成。「雲を凌(しの)ぐ宿」が誕生しました。
湯の色も肌あたりも違う湯で疲れを癒す
源泉凌雲閣で使用している源泉は2本。いずれも火山活動の影響を多分に受ける山の温泉らしいお湯です。源泉温度51.1度で「含鉄-カルシウム・ナトリウム-硫酸塩温泉」の2号井と、源泉温度32.1度の「酸性・含鉄-アルミニウム・カルシウム-硫酸塩温泉」の1号井のそれぞれをかけ流しで使用しています。
2号井は温泉に含まれる鉄が錆びたような鮮やかな茶色で、この湯色が温泉に来た実感をさらに高めてくれます。また、夏の緑・秋の紅葉・冬の雪・青空などどんなシチュエーションでも映える湯色で、季節を問わず自然のコントラストを楽しむことができます。
それに対して1号井は無色透明で香りもなく、酸性ながら優しい肌あたりで、それが温泉であることに気づかない方もいるそう。それほどさらりとしています。
視覚的にも肌感覚でも違う個性を持つ2つの温泉ですが、1号井の湯船は29度の「低温浴」(取材時)なのも大きな特徴です。ちょうどプールの温度設定に近く、水風呂が苦手な方でも利用しやすいかもしれません。また、温度の高い湯船と交互に入ることにより血管の収縮が起こり、より血行が良くなって身体が温まることが期待できます。一般に「交代浴」や「温冷交互浴」と呼ばれるこの入浴法は、プロスポーツ選手も疲労回復の手段として広く取り入れています。それは60年以上前に創業者が考えた通り、山から降りてきた人たちにとってもありがたい温泉です。
時に自然の厳しさとも向き合い
北海道で最も高所にあるという環境は湯浴みの時間を特別なものにすると同時に、他の温泉よりも山の怖さ・自然の厳しさを直接経験することも意味しています。その苦労は創業者がここに温泉宿を建てた時だけでなく、今でも続いています。
昨年の年末にはポンプの不調から温泉が供給できず、宿まで続くパイプが凍ってしまうトラブルがありました。宿まで続く約300mの距離の雪を除けてパイプを掘り起こし交換することになりましたが、文明の利器が使えない山中で、しかも真冬にもかかわらずSNSでの呼びかけに周辺市町村から大勢の方が手伝いに来られて見事に復旧したのです。
そのような苦労をしながらも笑顔で湯客を迎えてくれる宿の方々と、この温泉を愛する多くの方の想いがこの温泉をさらに特別なものにしています。そういう意味では2本の源泉ともに〝熱い〟と言えるかもしれません。
住所/上富良野町十勝岳温泉 |
電話/0167・39・4111 |
客室数/14室 |
日帰り入浴/午前8時~午後7時、料金1000円 |
ホームページ/ https://www.ryounkaku.jp |
数ある北海道の温泉の中からぬる湯の温泉がある施設を紹介しましたが、いずれも温度が異なる2本の源泉を持っていて、その温度差を上手に活用していました。
源泉の温度が低いことはネガティブに捉えられることがあり、ぬるい温泉に物足りなさを感じる方もいるでしょう。しかしながら夏場に猛暑が続くようになって、ぬる湯の価値は見直され、温度を下げて「冷やし温泉」と称して提供する施設が本州で次々に登場しています。温度が低いことも温泉の個性のひとつ。温度を下げたりする必要がなくそのままの状態で提供できるぬる湯の温泉は、貴重な存在です。
ぬる湯は夏場の暑い日に入って気持ち良いだけではなく、利用の仕方によって体への負担を減らしつつ温泉効果を高める入浴が可能です。熱いお湯が好みの方も、温泉の楽しみ方を広げてくれる施設として足を運んでみるのはいかがでしょうか。