十勝管内の有機農業や放牧酪農に取り組む農家を訪れる日帰りツアー「知ってほしいだけなんだ!~あの人の土づくり・そして放牧酪農~」が10月下旬に実施され、3戸の農家の生産現場を視察してきました。3戸とも、家族や消費者の健康や自然との共存に配慮する一方、農畜産物の加工にも取り組んでおり、こだわりの作物やその加工品とともに、有機農業や放牧酪農にこだわる思いも消費者に届けたいと奮闘していました。3戸の農家の取り組みや加工品を紹介します。
北海道農政事務所帯広地域拠点が企画し、観光関係者や農業教育関係者、報道関係者ら約20人が参加。農林水産省は有機農業の普及や拡大に力を入れており、有機農業の耕地面積を2022年度の3万300ヘクタール(全耕地面積の0.7%)から、50年度までに100万ヘクタール(同25%)に増やす目標を掲げています。帯広地域拠点は、有機農業の現状や魅力、課題について知ってもらおうと、ツアーを実施しました。
目次
有機で小麦と大豆を栽培 スペルト小麦のパン店も
中川農場(音更町)
最初に音更町の中川農場を訪れました。代表の中川泰一さんは畑作農家の3代目。IT関連会社勤務を経て、20代でUターンし就農しました。中川さんの父の代までは「鶏ふん堆肥を使うなどオーガニック志向はあった」(中川さん)というものの、機械や資材を活用した慣行農法でジャガイモ、ビート、大豆、小麦の畑作を営んでいました。中川さんは30代になり、子どもが生まれたころから減農薬を志すようになりました。最初は家族が食べるための家庭菜園で米ぬかぼかしや木酢を使い、畑作にも取り入れ始め、2008年に有機JAS認証を取得しました。
ただ、有機JAS認証を取得すると、デンプン原料のジャガイモやビートを出荷する際、農薬などを使う有機ではないほかの農家のほ場に入ったトラックは、そのまま中川さんのほ場に入れることはできず、タイヤの洗浄などをしなくてはなりません。また、せっかく有機栽培しても、慣行農法の作物と一緒に加工されるため、付加価値も付けられません。そこで、中川さんはジャガイモとビートの作付けをやめました。
現在は、55ヘクタールの農地すべてで有機JAS認証を取得。大豆と小麦に加え、緑肥を導入し、大豆と小麦の間に緑肥をはさんで4年の輪作体系をつくっています。緑肥は当初、キカラシの種をまいていたそうですが、今は春にロータリーをかけ、生えてきたアカザやシロザを中にすき込んでおり、「その方が土が良くなる」そうです。
効果的に緑肥を活用し低コスト化
中川さんの農法の大きな特徴のひとつは、緑肥の効果的な活用による低コスト化です。近年は物価高騰の一方、農作物の価格は上がらないどころか下落しています。それに対抗するには、作物を育てる工程を減らして手間をかけずに省力化することです。除草剤をまけば雑草は生えにくくなりますが、お金も手間もかかります。中川さんは自然に生えてくる雑草をうねをつくるように土寄せして土中に埋め込み、お金や手間をかけずに無防除、無肥料、低労働を実現させています。資材の高騰や大型機械の導入にかかる費用などにより、十勝管内の農家の利益率は30%ほどですが、中川農場の利益率は70%に上ります。つまり、同じ売り上げを得るために、ほかの農家は大型投資を強いられますが、中川さんは慣行農法より収量が下がる有機農業でありながら、省力化と低コスト化で収益を確保しているのです。
さらに、10年ほど前からは、パン用小麦の原種とされる古代小麦「スペルト小麦」の栽培を始めました。スペルト小麦は通常の小麦に比べてミネラルが豊富で穀物特有の風味が強く、ハード系のパンに向きます。生産者が少ないうえ、有機栽培も珍しく、全国から引き合いがあり、現在は5~8ヘクタール程度に作付けし、年間10トンほどを出荷しています。
スペルト小麦に魅せられたパン店も開業
そんな中川さんのスペルト小麦に魅せられ、中川さんのほ場のすぐ近くにパン店をオープンした人もいます。パン店「toi」のオーナー中西宙生(ひろお)さんです。兵庫県出身の中西さんはフランスなどでパンづくりの修行をした後、2019年に店を開きました。石うすで自家製粉した小麦を使い、ほかの原料についてもできるだけオーガニックで、生産者から直接仕入れ、薪がまで焼き上げています。
スペルト小麦や有機農業に関心のあった中西さんは、中川さんのほ場の除草の手伝いに来ていた際、「この小麦をつくっている場所の近くで店を開きたい」と決意したそうです。薪がまを使うにも、街なかより郊外のほうが都合が良かったといいます。
帯広市の中心部から40分ほどで、周囲には店はもちろん、建物もほとんどありませんが、おいしさや健康志向などからファンが増え、人気店になっています。売り上げの2~3割は道外からの通信販売で、中西さんは「最近、有機農業への関心が高まっているように感じます。そんな小麦を生産しているそばでパンを作ることができるのは、幸せです」と話します。
ちなみに、店名の「toi」の「t」は「つながる」、「o」は「おもしろい」や「おいしい」、「i」は「命をいただく」の頭文字からとったそうです。
中川さん自身も、畑の近くでパン店「ピリカアマム」を運営しています。当初、農業研修生の受け入れ施設として整備した建物を活用し、週に1度、水曜日のみ、周囲の農家のお母さんたちが作るパンを販売しています。通常、スペルト小麦のパンは黒っぽく固いハード系ですが、ここではスペルト小麦の表面を削って真ん中の白い部分のみを使うというぜいたくな作り方で、だれもが食べやすいあんパンやクリームパン、スコーン、グラタンパン、ピザパンなど、そうざいパンや菓子パンを販売しています。
食べてみると、パン生地は甘みがあり、白くふわふわしているのにかみしめると小麦のうまみがしっかり。砂糖や牛乳もオーガニックのものを使い、クリームやあんも手作りです。そうざいパンの味付けも家庭的で、「お母さんが家で焼く手作りパン」という感じです。
小麦と大豆、陸稲も有機で 商品開発も
SAWAYAMA FARM(清水町)
次に向かったのは、清水町のSAWAYAMA FARMです。代表の沢山直樹さんは、農家の5代目。妻のあずささんとともに、38ヘクタールの農地で畑作のほか、野菜などを育てています。自然栽培を始めたのは2011年。直樹さんが野菜の農薬散布の時期に体調が悪くなることに気づき、農薬を使わずに栽培する方法を模索したのがきっかけでした。13年には有機JAS認証を受け、23年に法人化。現在は有機転換中を含め、20ヘクタールが有機JAS認定を受けています。2年後には耕地のすべてを転換する予定です。
さまざまな工夫で自然の力を最大限利用
有機栽培の中心は小麦と大豆。自然栽培に着手した当初は大豆と緑肥の交互作で、小麦を組み込むにはコンバイン導入と乾燥施設の整備が課題でした。有機栽培の場合、通常は近隣の農家と共有するコンバインや乾燥施設を別にしなければなりません。コンバインはあずささんの実家が農家で、そこからたまたま安く手に入れ、乾燥施設は近くに高齢で離農する農家があり、そこから譲り受けたそう。そうして、大規模初期投資の課題を乗り越えました。
現在は、小麦は「ゆめちから」やスペルト小麦、春まきの「はるきらり」など、全国各地の業者の要望に応じて契約栽培しています。あずささんは「有機栽培の小麦はパン店などからの需要は多いのに、供給が追いついておらず、引き合いが多い」と話します。大豆も同様で、大粒の「ゆきほまれ」や「とよむすめ」、「ゆきぴりか」、小粒の「ゆきしずか」や「黒千石」、黒大豆などを手がけるほか、カボチャやブロッコリー、ハクサイなどの野菜も育てています。
化学肥料や農薬を使わない代わりに、さまざまな工夫をして作物を育てなくてはなりません。コンパニオンプランツや虫、土中の菌などの力を最大限に利用します。例えば、小麦と一緒に白クローバーを混播します。白クローバーは背が低く、小麦より大きくなることはないので小麦の生育をさまたげず、さらに土を被覆するのでほかの雑草を抑えることができます。さらに白クローバーは窒素固定能力も高いので、畑にすき込むことで土壌の肥沃化にもつながります。
沢山さん夫妻は今年、超強力秋まき小麦「ゆめちから」を初めて作付けしました。大豆を作付けした畑に、大豆が植わったまま9月上旬に小麦をまきました。土をかぶせず、落ちてきた大豆の葉が小麦を被覆することで、小麦が発芽。土をかぶせる手間がかからないうえ、大豆に付着した根粒菌によって窒素が固定され、小麦の生育が良くなるそうです。
十勝の畑でコメを育てる取り組みも
沢山さん夫妻は消費者とのつながりづくりにも取り組んでいます。あずささんは23年、体験型の自然学校「ナチュラルファームスクール」を設立。80人ほどが登録し、年間通じて種まきから収穫までの農作業や口に入るまでの工程の体験、自然体験などをしています。
沢山さん夫妻は今年、大きな挑戦をしました。畑作と酪農が盛んで、コメはほとんどつくられていない十勝で、水田ではなく、畑でコメを育てる「陸稲」の自然栽培をしました。25アールの畑に「きたくりん」と「ななつぼし」を苗と直播で手植えしました。陸稲を育てた畑は有機JAS認証は取得していませんが、無農薬、非化学肥料で、水やりもせず、雨のみで育てました。肥料もやらず、唯一、稲が小さいころに草取りを手作業で数回、するのみ。これらもナチュラルファームスクール内に「コメニティ」というプロジェクトを始動させ、全道各地から集まってきた参加者と一緒に作業しました。植え付け当初は苗の方が生育が良かったものの、最終的には直播の方がよく育ったそうです。
食糧自給率の高い十勝ですが、コメがとれないために食卓の上を100%十勝産にすることは難しかったのですが、この取り組みを進めることで、実現する可能性が見えてきました。
SAWAYAMA FARMは農作物を業者に出荷するだけでなく、加工や商品開発にも積極的に取り組んでいます。小麦を小麦粉やパスタとして出荷するほか、22年には大豆の黒千石を焙煎し、お茶として商品化、発売。浅煎りの「朝焼け黒千石茶」は、煎れると紫色で、豆の香りとさっぱりした甘さがあり、深煎りの「夕焼け黒千石茶」はオレンジ色で深みのある味わいです。今年収穫したコメも、米こうじに加工、6次産業化を進めることも考えています。
さらに来年は、ドームハウスを建設し、宿泊者の受け入れるほか、飲食できるカフェ、地下には自家採種している種を貯蔵するシードバンクの設置も計画しているそうです。
放牧酪農を実践 牧草のみのグラスフェッドに転換
宮地牧場(清水町)
最後に向かったのは、清水町の宮地牧場です。代表の宮地晋也さんは高知県出身で、ニュージーランドで放牧酪農を見たのを機に、北海道で実践を目指し始めたそうです。1991年に北海道に移住し、酪農ヘルパーを経て92年に就農、放牧酪農を始めました。当初は配合飼料も与え、ホルモン剤や抗生物質も使っていたそうです。ところがある年、病気で牛が大量死し、宮地さんは疑問を感じ始め、「動物たちは自然の摂理の中で生きている。人間が余計なことをしないのが一番」という結論に至ったそうです。最初はえさが草だけではなじめない牛もいましたが、試行錯誤の末、牛の自然治癒力や免疫力も高まったといいます。
輸入飼料や配合飼料は20年ほど前からやめ、牧草を中心に国産、非化学肥料のビートパルプやでんぷんかすなどを与えて飼っていましたが、2020年からは牧草のみで牛を飼う「グラスフェッド」に転換しました。牛たちは1年を通して放牧され、牛舎に戻るのは搾乳の時のみ。夏は牧草地の草を、冬は自家製の牧草を食べ、不足した場合は購入したオーガニックの牧草を与えています。その生乳でグラスフェッドバターとグラスフェッドフロマージュブランの販売も始めました。
22年には畜産物と加工食品の有機JAS認定を取得。今年から、オーガニックグラスフェッドの牛乳と牛肉の販売も始めました。
牛への過度な負担避け「自然な状態に」
現在は、農地48ヘクタールで放牧と牧草栽培をし、経産牛20頭を含む36頭を飼育。ホルスタインとブラウンスイスです。牧草地、放牧地とも化学肥料や農薬を使わず、牛のふんやスラリーのみ。人工授精ですが、お産は自然分娩で、「牛をよく観察しなてくはなりませんが、事故はほぼありません」と話します。搾乳設備などにも合成洗剤は不使用で、微生物分解性洗浄液を使うほか、殺菌も加熱処理するなど自然環境に配慮した方法で衛生管理をしています。
1頭当たりの年間搾乳量は道内平均の1万キロに対し、宮地牧場は2500キロと4分の1。現在は頭数を減らしているため、平均産次は3~4産の牛が多いといいますが、以前は10産程度の牛も多かったといいます。道内では一般的に3産以下、平均で2.4産程度なので、牛に過度な負担をかけず、長く搾乳していることが分かります。宮地さんは「放牧には足腰が強く、体重が軽い、小さな牛がいい。たくさん搾ろうとすると牛に負担がかかってしまうので、自然な状態にしています」と話します。
試飲で感じた「こく」、飲み口はすっきり
オーガニックグラスフェッドの牛乳を試飲させてもらいました。乳脂肪分は季節によって変わり、夏場は3.7%程、冬場は5.5%。冬の入り口の今時期は4.7%程度です。無脂肪乳もありますが、試飲したのは成分無調整のノンホモナイズ。ミルクのこくを感じられますが、決してくどくはなく、すっきりした飲み口です。急速冷凍した賞味期限が3カ月の冷凍牛乳もつくっており、今後、輸出を含めた販路の拡大が期待できそうです。
このほか、バターやフレッシュチーズのフロマージュブラン、アイスミルクなども製造しており、6次産業化にも取り組んでいます。
牛乳の価格は180㏄500円、800㏄1700円と高めですが、宮地さんは「羊や牛が放牧されていたニュージーランドの広い大地が農業を始めた原風景。自然や動物、大地への思いを多くの人と共有したい」と話しています。