北海道の豊かな食と、食の魅力を発信する映画をテーマにした祭典「HOKKAIDO FOOD FILM FESTIVAL(HFFF、北海道フードフィルムフェスティバル)」最終日の11月24日(日)は、食にまつわる映画の上映が続いたほか、サンセバスチャン国際映画祭に出品されたドキュメンタリー「北の食景」の国内初上映、国内外のシェフが技術研鑽のために意見交換する「世界料理学会in HFFF」などが実施されました。一部をご紹介します。
目次
サンセバスチャン映画祭出品作「北の食景」を国内初上映
HFFFの最後を飾ったのは、HFFFに合わせて製作されたドキュメンタリー映画「北の食景」の上映と会場を移して開かれた「『北の食景』シネマディナー」です。作品は、札幌や栗山町で腕を振るう料理人4人に焦点を当て、食材の生産者や客との交流などを描き、今年9月のスペイン・サンセバスチャン国際映画祭のカリナリー(食に関する映画)部門に招待、公開され、国内ではHFFFが初公開となりました。
札幌市中央区の東1丁目劇場で開かれた上映会とクロージングイベントには、総合司会を務めた「TEAM NACS」の森崎博之さんとお笑いコンビ「フォーリンラブ」のバービーさんとともに、上杉哲也監督が登壇。上映前、4人の料理人を選んだ理由について、上杉監督は「この人の話を聞いてみたいというインスピレーション。料理を食べたりもしたけれど、どちらかといえばオーラを感じて」と説明しました。
また、上杉監督は「脚本は強いて言えば四季、春夏秋冬で、4人と対話を進めて映画に仕上げた。この映画は北海道の食の景色を描いたもの。考えずに、感じていただけたら」と話しました。
映画上映後、バービーさんは「感情と感動が引き出された。山菜を見て、泣けてきたのは初めて。映像美は4人へのリスペクトですね」と感想を述べました。森崎さんは「料理には、決められたレシピで安全なものをつくるというものと、レシピはなくその人のためにつくるというものと2つある。(後者は)突き詰めると家庭の料理で、親に作ってもらった料理であり、今は親になって子どもに食べさせている料理だなと思いました」と話しました。さらに、森崎さんは「脚本はないけれど、物語があった。料理人を目指したり、映像作品をつくりたかったりする若い人の刺激になればと思いました。それを上映することが、HFFFの役割ですね」と締めくくりました。
映画に登場した4シェフの料理を堪能~「北の食景」シネマディナー
その後、札幌市中央区のヌーベルプース大倉山に場所を移し、シネマディナーが開かれました。シネマディナーでは、映画に登場した「ラ・サンテ」の高橋毅さん、「味道広路(あじどころ)」の酒井弘志さん、「アグリスケープ」の吉田夏織さん、「○鮨」の川崎純之亮さんの4人のシェフが腕を振るったコース料理が振る舞われました。
ウェルカムドリンクとともに提供されたアミューズは、「備の稲荷 帯obi」(○鮨)と「根菜のタルタル、平飼い卵、リベッシュ」(アグリスケープ)の2品。
前菜は、「命をいただくをテーマに…黒豚シャルキュトリー盛り合わせ」(アグリスケープ)で、アグリスケープで5年間飼育し、7回出産した経産黒豚「ベベちゃん」の肉のシャルキュトリーです。豚のホホ肉やタン、耳などゼラチン質たっぷりの部位を使った「フロマージュ・ド・テット」などを盛り合わせ、ベベちゃんのラードで焼いたカンパーニュを添えています。
続くお吸い物は「鱈と木耳、ヤマドリ善舞のさつま揚げ、椎茸、柚子」(味道広路)。カツオと、南茅部産の天然の真昆布、3年かけて養殖したコンブでだしをとり、栗山町で採ったキクラゲと春にとって天日干しして手でもんだヤマドリゼンマイを中に入れ、シイタケとゆずをあしらっています。
八寸は5品。○鮨の「鯖のバッテラ」は普段は出しておらず、純之亮さんの父の代の味。酢と塩をしっかりときかせた昔ながらのバッテラです。
アグリスケープの「250日齢のプレノワールの薪スモーク」は250日間とやや長めに育てたフランスの黒ニワトリ「プレノワール」をブドウの木でしっとりとスモーク。少し固めですが、かみしめることで味がよく広がります。
味道広路の「羊と小豆の羊羹、シケレペ、フェンネル」は、酒井シェフがサンセバスチャンでも振る舞った一品。「羊羹」という字が表す通り、ようかんは中国大陸で食べられていたにこごりが原型です。羊の骨や筋を煮出してゼラチンを取り出し、アイヌ民族が使っていたミカンの風味と苦みのあるシケレペ(キハダの実)と甘くてスパイシーな香りのあるフェンネルを添えました。「パプリカのマリネ」は瀬棚の生産者団体「自然とともに生きること」のパプリカとドライトマトをバジルで味付けしました。
ラ・サンテの「ホタテとポワローのフラン カプチーノ仕立て」のポロねぎ(西洋ネギ)はアグリスケープで生産したもので、HFFFの協賛企業のひとつ、雪印メグミルクの製品を使い、茶碗蒸しに仕立てました。
握り寿司は、会場の一角に設けられた寿司カウンターにテーブルごとに移動していただきます。「おつまみの干し数の子」と「握り鰺」、甘エビです、
メーンディッシュはラ・サンテの「足寄・石田めん羊牧場の20カ月のサウスダウン種の藁焼きと、白菜と大根のプレゼ 羊のスネ肉と内臓とメークインのグラタンを添えて」。20カ月の羊肉はラムからマトンに変わる少し手前で、ホゲットと呼ばれます。サウスダウン種は「肉の王様」と呼ばれるものの、育てるのが大変なので、国産は非常に希少です。グラタンのチーズは足寄町内のチーズ工房「幸せチーズ工房」の羊の乳のチーズです。メークインやハクサイ、ダイコンはアグリスケープで育てたものを使っています。
デザートはシェフ1人が1品ずつ出品。ラ・サンテの「羊のリコッタチーズのバスク風チーズケーキ」は、石田めん羊牧場の乳に、幸せチーズ工房のリコッタを混ぜ込みました。
味道広路の「蒸し林檎、新生姜の野草茶煮、ベルガッモト」は長沼のリンゴ農園のハックナインを蒸しリンゴにして、生姜、クルマソウ、オオイタドリなどの野草茶に酸味と甘みを付け、ベルガモットの皮をのせています。
「放牧ヤギのセミハード 白カビラベンダーチーズ 秋の自家採取ハチミツ」は、今年から製造しているアグリスケープのチーズ。広尾町の菊地ファームの放牧した牛の生乳でつくったものにはラベンダーを混ぜ、ヤギのチーズは8月から熟成させた後、自家採取のハチミツで和えたクルミを添えました。
○鮨の「厚焼き玉子」は、昔ながらの江戸前の仕事をした一品。砂糖と車エビのすり身を入れ、エビ独特のこげ感を出し、木の板ではさみ、空気が入らないようにしたどっしりとした仕上がりです。
小菓子はラ・サンテのマカロンとアグリスケープのチョコレートです。
「映像も大変」「貴重な経験」~撮影時の様子や思い出披露
ディナー終了後、4人のシェフが登壇し、撮影時の思い出などについて語りました。ラ・サンテの高橋さんは「(上杉監督は)朝自宅に来て、メニューをつくっているところを撮り、夜12時半ころまでずっと立ちっぱなしで、映像も大変だなと思いました」と話しました。味道広路の酒井さんは「山の中を散歩する映像も多く、自然にやらせてもらった。貴重な経験だったし、縁があって美食のまちといわれるサンセバスチャンにも行ったが、日本が一番の美食だと思う」と語り、会場をわかせました。
アグリスケープの吉田さんは「1年間通して撮影してもらい、こんなところも撮っていたんだなと(撮影に)気づかなかったシーンもありました」と上杉監督が撮影対象に寄り添っていた様子を報告。○鮨の川崎さんは「自然に(上杉監督との)距離が縮まり、普段見ることのできないお客さんの表情やシーンも撮ってもらって、初めて見たお客さんの顔もありました」と話しました。
最後にHFFF実行委員長でクリエイティブオフィスキュー社長の伊藤亜由美社長が「あっという間の3日間でした。一発花火ではなく、北海道、札幌の風物詩にさせてください。今年はじめに地震が発生し、世界では紛争地帯もあり、おいしいと言えない人たちもいます。でも、その人たちの分まで、食べることは生きること、生きることはすばらしいと北海道から発信して、その人たちもおいしいものが食べられるようにつなげていけたらと思います」とあいさつ。最後に「ごちそうさまでした」と唱和して締めくくりました。
国内外5人の料理人が料理の奥深さ語る~世界料理学会
一方、世界料理学会は、国内外の料理人らが料理哲学や人材育成の課題などについて語り合う催しで、函館市では、同市のレストラン「ラ・コンチャ・イ・バスク」のオーナーシェフ深谷宏治さんが主宰し、2009年から開催しています。今回は深谷さんのほか、国内外の5人のシェフが登壇し、料理の組み立ての方法や野菜料理の奥深さなどについて語りました。
深谷さんはスペイン・サンセバスチャンで料理の修業中、料理人たちが集まって料理法や料理の技術・知識について話し合う勉強会に参加したことを紹介し、「全員の技術が上がれば、おいしい料理を出す店が増え、世界一の美食のまちにできる」という話に驚いたといいます。
深谷さんは函館に戻って店を開き、函館で料理人学会を主宰するなかで、「料理だけでなく社会に対して発言するコックが増えてきた。フードマイルや食育、まちづくり、エネルギー、廃棄物への関心などについて、料理人も意見を言うことができる時代になってきた。おいしいものをつくるだけではなく、もっと大きな力を持っているのではないか」と訴えかけました、
在来野菜や魚介など、旬の地元産食材にこだわるイタリア料理店「アル・ケッチァーノ」を山形県鶴岡市で営む奥田政行さんは、「庄内ガストロノミーツアー」と題して、客に野菜や魚介の産地を見てもらい、食事を提供するツアーを実施するなど、地元の食材や地元の食文化を大切にしています。
加熱と塩のみで料理する奥田さんは「コショウの味で野菜の味が消えてしまうので、コショウ味を出すのに、野菜をあぶってこげ味を付ける」と技術を披露。さらに、「東京でつくったレシピ本は東京の味。地元の食材であまり手を加えず、必要最小限の料理がいい」と話しました。
ミシュラン1つ星に輝く東京・銀座の日本料理店「六雁(むつかり)」料理長の秋山能久さんは、精進料理の名店「月心居」での修行経験があり、野菜のみのフルコース(2万円から)を提供。世界料理学会in ARITAと世界料理学会東京in豊洲の総括ディレクターも務めています。
秋山さんは、すべてのコースの最初に出す「胡麻豆富(豆腐)」の作り方について、「材料は水とごま、くず、塩、酒のみ。生ごまから水とともに1時間する。精進料理なので、心の体を清めた状態で、正座をしてすります。シンプルだけど、とにかく気を込めます」と紹介。秋山さんは「野菜料理は手間暇がかかる。大根も面取りして湯がいて、味が染みるまで2、3時間かかる」と話しました。
札幌市中央区でフレンチレストラン「ミヤヴィ」を営む横須賀雅明さんはフランスのミシュラン星付きレストランなどで修行をし、フランスの3ツ星レストラン「ミシェルブラス」の初めての本店以外の出店となった「ウィンザーホテル洞爺」の「ミッシェルブラス」初代日本人料理長を務めました。
横須賀さんはフランスでの修行時代、師匠のミシェルブラスから「日本にはすばらしい料理があるのに、なぜ多くの日本人がフランス料理を学びに来るのか」と話したことに、驚きを覚えたそうです。日本人でありながらフランス料理をつくることに疑問を感じましたが、答えが見つからないままに帰国。久しぶりの日本は、洞爺湖でした。そこで、北海道の食材や日本の食文化を再確認し、「料理は文化そのもの。地域や生活習慣、環境、歴史、文化が関わっている、家庭環境も色濃くあらわれる」と気づいたといいます。
スペイン・サンセバスチャンのミシュラン1つ星レストラン「ココチャ」オーナーシェフのダニエル・ロペスさんは現在、三重県志摩市の志摩地中海村のメインダイニングの監修もしています。ロペスさんは、深谷さんがバスクで師事したルイス・イルサール氏の料理学校の1期生で、「バスク料理、世界の料理を勉強したが、料理だけでなく、人としてさまざまなことを学んだ」といいます。
2002年にココチャを開き、07年にはミシュランの星を獲得しています。現在、本店はコースメニューのみで、9皿と14皿。基本はバスク料理で、地元の食材と四季のものを使い、バスクではバスクの、志摩では日本の素材を使っています。食材の75%が魚介類で、サンセバスチャンではこの魚介類の資源管理のため、日本でいう組合と社会的組織の機能を併せもった「コフラディア」が機能しているそうです。あえて漁獲量を減らして資源を管理していることを紹介しました。
最後の「クロージングトーク」には、札幌出身の料理に関する雑誌編集者の草分けの斎藤寿さんが深谷さんとともに登壇。斎藤さんは雑誌「専門料理」編集長を経て、雑誌「料理王国」を創設し、現在は滋賀県米原氏のレストランベルソーにかかわっています。
深谷さんが「昔は料理人が技術やレシピを明かすということはなかった。長年かけて積み上げたものを簡単に渡すかという風潮があった」と指摘。斎藤さんは近現代のフランス料理の巨匠とされた人たちの歴史について解説し、「日本でも京都で料亭の日本料理フォーラムを開こうとした時に、料亭の人から『歴史ある京料理の技術をそんなに簡単に出していいわけがないだろう』と言われた」と明かしました。深谷さんは「料理について公開することで、新しい価値観が生まれ、地域の料理界の底上げにつながる。料理学会は料理人による、料理人のための学会です」と締めくくりました。