寒さが増す長い北海道の冬は、温泉を恋しく思い、温泉のありがたさをより一層感じることができる季節でもあります。そうした北海道の温泉の中から、道南・八雲町にある、冬を乗り切る活力を与えてくれそうな雪景色も美しい温泉を3湯紹介します。
目次
露天と内風呂で異なる湯を入り比べ
八雲温泉おぼこ荘
八雲町の山中、雲石峠の途中にある八雲温泉おぼこ荘。明治時代に旅館が開かれたという八雲温泉の歴史は、この地にあった鉱山の歴史とも重なります。
明治以前から採鉱の記録がある八雲鉱山(鉛川鉱山とも呼ばれていた)は1969年(昭和44年)まで稼働していましたが、一時はマンガン鉱山の中でも国内トップ10と言われるほど栄え、その間温泉は鉱山従業員のための共同浴場として利用されていました。共同湯は2カ所あり、上流側に上の湯(第一温泉)があったことから八雲温泉は下の湯(第二温泉)と呼ばれていたそうです。
湯の色や温泉臭、はっきり個性が分かれる湯
鉱山の閉山後に町が新しい温泉源を掘り1975年(昭和50年)から町営温泉として新たなスタートを切りますが、そういった経緯でおぼこ荘の源泉は2本あり、現在はその2本を混ぜることなくそれぞれを内風呂と露天風呂で単独で使用しています。内風呂の泉質は「ナトリウム・カルシウム-塩化物・炭酸水素塩温泉」、露天風呂の泉質は「ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉」です。
泉質名の比較だけではそれほど差がないように思えますが、内風呂は金気臭(鉄錆のような臭い)がしっかりと感じられ、萌黄(もえぎ)色に近い緑系の色のお湯、露天風呂は石油のような心地よい温泉臭がある狐(きつね)色のにごり湯。両者で個性がはっきり分かれるので、入り比べるのが楽しい温泉です。
美しい風景と冬の温泉らしさを体感
巨岩を配する内風呂からも山の温泉らしい雰囲気を味わえますが、内風呂から階段を降りた先に広がる露天風呂の風景は何より美しく、冬の温泉らしさを全身で体感することができます。
露天風呂のすぐ横には鉛川が流れており、露天風呂から直接川の流れは見えないものの、川のせせらぎを聞きながらの湯浴みを楽しむことができます。男女で露天風呂の造りが異なりますが、どちらも開放感は十分です。
宿泊で新鮮な魚介類も味わえる
現在おぼこ荘を運営しているのは、同じ八雲町内で魚屋を営む「平田鮮魚店」。1989年(平成元年)に町営温泉を委託管理することになり、そのまま町から運営を引き継いで現在に至ります。日本海と太平洋の2つの海に面する八雲町の鮮魚店が運営母体ゆえ、宿泊すれば山中の温泉ながら両方の海から鮮度の良い状態で届く魚介類を囲炉裏でいただくことができます。日帰り温泉としても温泉宿としても楽しめるのが、おぼこ荘の魅力です。
住所/八雲町鉛川622 |
電話/0137・63・3123 |
日帰り入浴/11時から20時(閉館)、料金・600円 |
定休日/なし ※メンテナンス等の休業日あり |
150年以上も湯を守り続ける湯治宿
見市温泉旅館
冬も楽しい八雲町の温泉、二湯目に紹介するのは見市温泉旅館です。前述のおぼこ荘と同じく雲石峠沿いに位置していますが、おぼこ荘は八雲町側(内浦湾側)で、見市温泉は旧熊石町側(日本海側)の山中の一軒宿となります。温泉が発見されたのは明治以前のことで、明治初年から湯治場として多くの湯客を癒してきました。代々大塚家のご家族がこの湯宿を支えており、現在6代目となります。
温泉源に生じたトラブルを乗り越えて
見市温泉の源泉は宿から300メートルほど離れた川沿いの場所にありますが、2024年秋にコンクリートで保護している温泉源に増水した川の水や土砂が入り込み、温泉が使えなくなるという大きなトラブルが起きました。温泉が再び出るようになるのか分からないまま源泉設備に重機を入れて設備を一旦壊し、再構築したとのこと。人間で言うなら回復するか分からずに心臓手術をするようなものですが、「自分たちはこのお湯のためにここに住んでいるのだから」と意を決して工事を決めたそうです。
視覚でも嗅覚でも楽しめる鶯色のにごり湯
日本では古くから温泉を管理する役職として「湯守(ゆもり)」という言葉が使われてきましたが、6代目もまさに見市温泉の湯守として歴史を紡ぎ続けています。150年以上も大切に守られている温泉の泉質は、「ナトリウム−塩化物温泉」。保温効果が高いとされる食塩が成分の大半ですが、そこにわずかに含まれる鉄の影響で湯船では鶯(うぐいす)色のにごり湯になります。お湯から金気臭も感じられ、数値以上に視覚でも嗅覚でも楽しめる温泉です。お湯と向き合えるシンプルな湯殿で、湯治場として令和の現在まで続く歴史の重みが感じられます。
雪の日も晴れの日も美しい景観
露天風呂は男女ともに見市川を眼下に見ることができる、非常にロケーションの良い場所にあります。外に出た瞬間から、しんしんと降る雪の日は静かな川の中に雪が舞ってゆく水墨画のような景色を、晴れの日は青空と雪と温泉の湯色、そして見市川の色彩豊かなコントラストが目に飛び込みます。露天風呂で冬の厳しさを体感するか、冬の美しさを経験できるかは運次第。その時にしか味わうことができない湯浴みの時間を過ごすことができるでしょう。
町が合併する前、見市温泉は「熊石町」の温泉でした。熊石町は素朴な漁師町で、昭和の終わり頃からアワビの養殖が盛んに行なわれています。温泉と自然そのままのロケーションは日帰り入浴でも楽しめますが、宿泊すればアワビをはじめとする熊石の海の幸や漁師町らしい郷土料理などをいただくことができます。160年近くも代々家族経営で続いてきた湯宿で、ゆっくりと温泉・自然・自分に向き合う時間を作ってみるのはいかがでしょうか。
住所/二海郡八雲町熊石大谷町13 |
電話/01398・2・2002 |
日帰り入浴/正午から午後9時、料金・500円 |
定休日/なし |
公式サイト/https://www.kenichi-spa.com |
宿泊すればさらに楽しい!森の中の露天風呂巡り
温泉旅館銀婚湯
雪景色の露天風呂が楽しめる八雲町の温泉、三湯目に紹介するのは「上の湯温泉」の温泉旅館銀婚湯です。この地に温泉があると聞いた初代のご夫婦が温泉を掘り、湯脈を見事に掘り当てたのが1925年(大正14年)の大正天皇の銀婚式の日で、それが宿名の由来となりました。温泉宿の創業はそれから2年後のことですが、現在で4代目、開湯から数えるとちょうど100年の節目を迎える歴史ある温泉です。
館内の大浴場「渓流の湯(男湯)」「こもれびの湯(女湯)」は日帰り入浴で利用可能です。男女で趣が異なりますが、どちらも落部川に面した露天風呂を備えています。特に冬季間は雪景色と共に落部川を眼下にはっきりと見ることができ、穏やかな川の流れと一体になるような時間を過ごすことができます。
しっとりと身体を包み込む「隠れ〝傷の湯〟」
銀婚湯には敷地内に5本の源泉があり、それらを組み合わせて使っています。その組み合わせの違いで大浴場の内風呂と露天風呂はわずかながら泉質が異なりますが、どちらにも共通する特徴は「熱の湯」と呼ばれる塩化物温泉であること、そしてしっとりと身体を包み込む「隠れ硫酸塩泉」という点です。内風呂・露天風呂いずれの温泉分析書にも「硫酸塩泉」という泉質名は載っていませんが、実は規定値にごくわずか届かないだけで、ほぼ硫酸塩泉と言える割合で成分が入っています。
硫酸塩泉は昔から「傷の湯」と呼ばれ、早く傷を治す泉質として知られています。血行を良くして身体を温めると同時に肌に潤いを与えて再生を促すだけでなく、鎮静効果もあると言われており、疲弊し傷ついた心と身体を回復させるのにぴったりの成分です。川口家がここで温泉旅館を始める50年以上前、榎本武揚が率いる旧幕府軍は自然に温泉が湧いていたこの場所で負傷者を癒しましたが、まさにそれは泉質的にも的確な温泉の使い方だったのです。
宿泊者だけが愉しめる「隠し湯」
銀婚湯の温泉の愉しさは宿泊することでさらに広がります。敷地内の森の中には貸切利用できる宿泊者専用の「隠し湯」が5カ所(冬季間は「かつらの湯」「どんぐりの湯」「トチニの湯」の3カ所)あり、フロントで鍵を借りて入浴することができるからです。
隠し湯は利用予約ができず、一度に借りることができるのは1つの鍵だけで、チェックイン(午後1時)から日没まで、翌朝午前6時半からチェックアウト(午前11時)までという時間制限があるため、湯めぐりには他のお客さんと重ならないようなタイミングと運も必要です。うち3カ所(冬季間は2カ所)は川の対岸にあり、もともと生活道路だった吊り橋を渡り、林の中を歩いて露天風呂へ向かいます。
雪の中に残る足跡を辿って宿泊者だけが楽しめる露天風呂に向かうのは、それ自体が特別な経験になることでしょう。
宿の佇まいを引き立てる森の木々
銀婚湯に行くと気付くのは、日本旅館らしい宿の佇まいをさらに引き立て、隠し湯めぐりのワクワク感をさらに増してくれる、よく管理された木々です。温泉や建物だけでなく、その広大な敷地の森づくりと維持にかかる手間を考えると感謝せずにいられません。
金ではなく「銀の心で」のおもてなし、「普段着でお越しください」という飾らない湯客との距離感、そして目でも舌でも楽しめる旅館料理も全て銀婚湯の魅力です。ぜひ宿泊して銀婚湯のいろいろな表情を楽しみたいものです。
住所/二海郡八雲町上ノ湯199 |
電話/0137・67・3111 |
日帰り入浴/正午から午後4時、料金・800円 |
定休日/月曜定休。月曜が祝日の場合は翌日 |
公式サイト/http://www.ginkonyu.com |
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今回は北海道の数ある温泉の中から、「八雲町」と「露天風呂からの景色」という点に着目して3軒を紹介しました。温泉施設としての造りもお湯の性格も、温泉の歴史や宿に沿うように流れる川もそれぞれ異なりますが、冬らしい温泉の楽しみ方ができる恵まれた環境と湯力がある温泉を提供しており、日帰りも宿泊も可能であるという共通点があります。そして温泉のように暖かく迎えてくれる方々が待っています。次の温泉旅の目的地の候補に八雲町の温泉はいかがでしょうか。