
札幌市手稲区前田に2025年、同区唯一の地ビール醸造所が誕生した。元警察官の醸造主が一軒家の一室で1人で手作りする、ちょっと風変わりなブリュワリー(ビール醸造所)だ。「北海道産や手稲産の原材料で完結するビール造りを目指し、区の名物にしたい」。大きな志が込められたビールは、市内の飲食店やイベントなどでじわじわと人気が出ている。
静かな住宅地にたたずむレンガ調の3階建て住宅の1階。40平方メートルほどの一室を改装した醸造所に並ぶ小型の冷蔵庫を開けると、発酵中のビールのフルーティーな香りがフワッと鼻を抜けた。「いい匂いでしょう」。醸造主の東大樹さん(36)=石狩市在住=は、得意げにほほ笑んだ。
■フルーツの香り
醸造所の名は「CAT HOP(キャットホップ)」。札幌では10カ所目の地ビール醸造所で、東さんが8月に立ち上げた。商品は330ミリリットル瓶入りの3種類。ホップとモルトをぜいたくに投入しバナナが香る「ダブルテイネイパ」(アルコール度数8・5%、830円)、フルーティーな飲み口と爽やかな苦みで女性に人気の「テイネイパ」(同6%、730円)、さっぱりと食事に合わせやすい「テイネール」(同5%、680円)をそろえる。月に約600リットル(約1800本分)を生産している。


山形県出身。獣医師免許を持つ父の影響や北海道への憧れから帯広畜産大に進学した。学生時代は授業料を稼ぐためにアルバイトに明け暮れ、7年目で中退。警察官に誘われたのを機に2016年に北海道警察に入り、札幌市中央区の薄野交番などで7年間勤務した。
転機は、大学時代の先輩で獣医師の吉成健志さん(38)の一言。「一緒に何かやらないか」。やりがいを求めて23年に退職し、醸造所開業を目指した。大好きなビールなら「古代からあるから設備がなくても造れるはず」と考えたからだ。島根県の石見麦酒や札幌市豊平区の澄川麦酒で修業を重ね、造り方を学んだ。
手稲区を選んだのは、警察時代から4年間暮らし「山と海、街が近く暮らしやすい」と感じたから。同区に家を購入した吉成さんから一室を借り、醸造を始めた。
■口コミで広がる
ビール造りはすべて手作業だ。麦芽を手動の粉砕機で挽き、鍋で熱して、こした後にホップを入れてゆでる。それを食品用ビニール袋をセットした冷蔵庫に入れて約1週間発酵。少量仕込みながら原料や発酵温度の細かな調整が可能な「石見式」と呼ばれる石見麦酒発祥の手法で、理想の味を追求しやすいという。
同区新発寒でフリースクールを運営する吉成さんも「おいしい物、いい物を作りたいという挑戦を2人で突き詰めたい」と、ロゴのデザインやホームページを手がけ、東さんを支える。

ビールは飲食店などを一軒一軒回る東さんの地道な営業や口コミなどで少しずつ販路が広がっている。JR手稲駅北口近くのバー「Arino Mama(アリノママ)」は9月から提供。店主の手塚雅美さん(56)は「カクテルのようで飲みやすいと好評。地元を愛する気持ちが強い手稲の人の心をとらえている」。常連客で同区の会社員西原光一さん(45)は「手稲の地ビールを待ち望んでいた。醸造主が店に来て顔見知りになれるのも地元ならでは。飲んで応援したい」と笑顔でグラスを傾けた。
1994年の酒税法改正でブームが起きた地ビールは近年、再び盛り上がっている。札幌市内では「月と太陽BREWING」(白石区)、「permanent」(南区)など、醸造所の開業が相次いでいる。
原料の種類や鍋に投入するタイミング、糖化や発酵の温度-。味の追求には事欠かない中、「いつかは手稲産ブドウを使い、ブドウの皮の酵母で発酵させたビールを造りたい」と東さんは話している。
札幌市手稲区前田7の13。「CAT HOP」の名は東さんが好きな猫とビール原料のホップを組み合わせてつけた。ビールは公式ホームページで通信販売しており、月~土曜の午前9時~午後5時には醸造所でも販売している。問い合わせはメール(cathop.bre@gmail.com)から。(高田かすみ)
(北海道新聞2025年12月16日掲載)


