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2023.04.24

「千の風になって」を生んだ森と風 新井満が愛した北海道・大沼公園の魅力

山﨑真理子
山﨑真理子

 北大水産学部時代に1年間、練習船に乗って遠洋航海に出ていた船乗り。北海道新聞社に入社後は、社会部の警察担当を振り出しに、網走、帯広、釧路など道内各地で勤務。東京勤務時代は政権交代時の民主党の番記者として、鳩山政権誕生を取材した。2022年4月にTripEat北海道を立ち上げ、初代編集長に就任。千歳支局長を経て、24年3月から旭川報道部長。

 名曲「千の風になって」は、芥川賞作家の故・新井満さんが北海道・七飯町の大沼湖畔の森の中で、生み出しました。悠然とそびえる駒ケ岳の麓にある大沼、小沼などの湖沼群を「鳥のさえずりやキツネの鳴き声など命の音を乗せた風が吹く湖」と語っていました。
 新井満さんを魅了し、新井満さんが愛した大沼をご紹介します。

名曲誕生の地

 駒ケ岳を望む大沼湖畔に、「名曲誕生の地」のモニュメントがあります。

 モニュメントは、七飯町産の安山岩をモザイク状に組み合わせ、眺望を損なわないように直径3メートル、高さ30センチの円盤形に仕上げてあります。

 「千の風」は、芥川賞作家の新井満さんが大沼に構える別荘で訳詞・作曲を手がけました。
 「あの曲はね、死者が風になって愛する人を見守る究極のラブソングなんですよ」と生前に語っていた満さん。元々は奥さんを亡くした親友のために作った曲だったそうです。いろいろな人がカバーし、テノール歌手の秋川雅史さんが歌い、大ヒット。2007年には日本レコード大賞作曲賞に輝きました。

ちょうど見頃を迎えていた水芭蕉の群生地

 満さんは新潟市出身。上智大法学部を卒業し、電通に勤務する傍ら、1988年に「尋ね人の時間」で芥川賞を受賞しました。

 満さんと大沼との出会いは約30年前。講演で訪れた函館から帰ろうとした時、主催者に「連れて行きたいところがある」と案内されたのが大沼だったそうです。そこで別荘を買う決断をします。

 大沼の自然やそこで暮らす七飯町の人々を愛し、2010年には夫婦で横浜市から七飯町に移住し、終の棲家としました。

羊と共に

新井家で飼われている2頭の羊

 実は、奥さまの紀子さんは、東京農工大で学び、「アルプスの少女ハイジ」のような生活に憧れていたそうです。大沼では、そんな紀子さんの夢を叶え、大沼の森の中で羊を飼いながら生活していました。満さんが亡くなった今も、紀子さんは、2頭の羊と暮らしています。

巨匠の愛したフレンチ「レストラン エプイ」

レストラン「エプイ」

 新井さんご夫妻が、結婚記念日や誕生日など、特別な会食の際に通っていたのは、大沼湖畔にある「函館大沼 鶴雅リゾートエプイ」のフレンチレストラン「エプイ」です。
 編集長の山崎が新井さんご夫妻と初めてお会いしたのも、このレストランでした。

 大沼を中心に「半径50マイル(約80㎞)圏内の、厳選した旬の食材を使う」をコンセプトにしたレストランで、フレンチをベースにした創作料理が楽しめます。

 お酒好きの満さんは、人が集まる席では「まずはシャンパン」と言って乾杯したそうです。

 満さんを偲び、この日もシャンパーニュのワインで献杯しました。

 エプイでは、新井さんご夫妻にこれまで出したメニューを保管しているそうで、「いろいろな料理を味わってもらえるように」と過去のメニューを参考に料理を組み立てていたそうです。

桜鱒のマリネ
北海道産帆立貝のグリル

 この日のメニューは、ご夫婦の金婚式のメニューをこの時期の旬の食材を使って出してくれました。
 紀子さんと一緒に食事とお酒を楽しみながら、満さんとの出会い、初デートの様子など、楽しく、すてきな2人の思い出を夜遅くまで聞かせていただきました。

自家製パン。通称「ハイジの白パン」

 ちなみに、2人のなれ初めは、お互い大学生だった頃に、満さんの出身地で、紀子さんのお姉さんが当時、住んでいた新潟市から東京への帰りの列車で偶然隣り合わせたことだそうです。
 「そこで僕がね、一目ぼれしたんです」と満さんがうれしそうに話していた姿が今も目に浮かびます。

エプイ自慢のブイヤベース

 レストランの定番メニューは、開業当時から出しているブイヤベースです。
 「ここのブイヤベースが食べたい」とホテルに宿泊するお客さんも多いんだとか。
 この日のコースにも入っていました。

道産牛肉サーロインのポワレ

 和食が好きな方にも対応できるコースも用意しているそうです。佐々木孝弘シェフは「大沼の空気、環境の中、ここでしか食べることができない旬の食材を提供していきたい」と話していました。

新井紀子さんを囲むエプイをはじめとする鶴雅リゾートのみなさん

 食後は紀子さんをホテルのスタッフさんが囲んで記念撮影しました。

 紀子さんが帰り際に教えてくれました。レストランからの眺めで満さんが最も好きだった場所を。

 それはこちら。

窓際の一番左端の席です

 窓際、1番左端の席から見る駒ケ岳だったそうです。

席に座るとこんな感じです
うっすらとですが、こんな風に駒ケ岳が見えました
ロビーラウンジ

バーラウンジの「新井満ライブラリー」

 ホテルのバーラウンジには新井さんが執筆した本を集めた図書コーナーを設けています。

新井満ライブラリー

 山村誠支配人は、2年前にこちらのホテルに赴任して、あらためて新井満さんの偉大さを実感したと言います。「先生と先生の作品は、地域の人々に愛されていて、地域にとっての宝です。その思いをホテルとしても引き継いでいきます」と言っていました。

バーラウンジ「クロフォード」。鉄道のジオラマがあります

 鶴雅リゾートエプイは、JR函館線の大沼公園駅隣にあります。歴史に思いを馳せ、バーラウンジには、かつて大沼地区を駆け抜けたSL模型の展示や、鉄道のジオラマがあります。「好きな方はずっと見ていますよ」とのこと。

 大沼地区に2020年に開校した小中一貫義務教育学校「町立大沼岳陽学校」の校歌「はばたけ ハヤブサ」は、満さんの作詞作曲です。校歌には、大沼に誇りを持って羽ばたいてほしいとの願いが込められています。

露天風呂付きツインルーム
函館大沼 鶴雅リゾートエプイ
▽住所/七飯町大沼町85の9
▽TEL/0138・67・2964
▽HP/https://www.onuma-epuy.com/

やっぱり食べたい「元祖 大沼だんご」

 大沼に来たら、やっぱり食べたいのは、大沼公園駅前にある明治38年(1905年)創業の「沼の家」が販売する「元祖 大沼だんご」です。

味はこの2種類

 創業2年前の明治36年、函館線が開通したのと同時に大沼に移住した初代・堀口亀吉さんが、大沼に来る観光客のおみやげとして新粉の団子を作り、「大沼だんご」として売り出したのが始まりです。

 大沼湖と小沼湖をイメージした折には、湖面の浮島に見立てたお団子を敷き詰めています。だから団子を串に刺さないんです。ちなみに湖面には126の島々があるそうです。
 「正油」と「餡」、「正油」と「胡麻」のタレが入った2種類を販売。ようじで刺して食べます。

 「お取り寄せ時代」の中、保存料を一切使わず、「その日作ったものをその日に食べていただく」ことを大切にしています。なので、消費期限は「当日中、御早めにお召しあがり下さい」なのが特徴。創業118年の伝統の味を守り続けています。

 包み紙に描かれた句は、京都の俳人・花本聴秋が、大沼の紅葉の美しさを見て「花のみか 紅葉にも此だんご哉」と詠んだ歌が描かれています。

 花より団子というけれど、紅葉にも団子だよ、ってな感じでしょうか?

 私は「何言ってんだい、春と秋だけじゃなく、年中、団子の季節だよ」ってくらいの団子好き。かつ、断然しょうゆ派としては、大沼だんごに出合ってから30年以上疑問に思っていることを今回ぶつけてみました。
 「なぜ小沼がいつもしょうゆなのか?」問題です。

 「昔は甘い物が貴重で、甘い物ほど喜ばれる時代だったから、甘い餡を多く入れたんじゃないでしょうか?」と堀口慎哉社長。
 そして、にっこりと微笑みながら、衝撃的な事実を告げたのです。
 「前もって言ってくださったら、正油と餡の大小をひっくり返したり、大小共に正油、あるいは全部を餡にもできますよ」
 そんな手があったとは!

贈答用に最適な「紅葉ようかん」

 ちなみに、胡麻は、製造数が少なく、店舗のみの販売のため、「全部胡麻」は、受け付けていません。
 サイズは大小2種類あって、どんな味のパターンも小さいサイズの小折が430円、大きいサイズの大折が710円です。

 もう1つ、沼の家で、大沼だんごと共に人気なのが「紅葉ようかん」です。沼の家で製造していて、高級感あるパッケージで、日持ちもするので、贈り物や地方発送にも便利です。

堀口慎哉社長(左)と長男で5代目となる貴弘さん

 そんな伝統を守る沼の家にも新しい風が吹き始めています。この2月、長男で5代目となる貴弘さんが大沼に戻ってきました。慎哉社長は「118年続いてきた本筋はしっかり守りながら、5代目と一緒に新しいことも考えていきたい」と話していました。楽しみですね。

▽住所/七飯町大沼町145
▽TEL/0138・67・2104
▽営業時間/8時30分~18時(売り切れ次第閉店)
▽定休日/年末年始
山﨑真理子
山﨑真理子

 北大水産学部時代に1年間、練習船に乗って遠洋航海に出ていた船乗り。北海道新聞社に入社後は、社会部の警察担当を振り出しに、網走、帯広、釧路など道内各地で勤務。東京勤務時代は政権交代時の民主党の番記者として、鳩山政権誕生を取材した。2022年4月にTripEat北海道を立ち上げ、初代編集長に就任。千歳支局長を経て、24年3月から旭川報道部長。

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