北海道の蜂蜜は、生産量が全国1位を誇る。蜜源となる花によって味や色、食感が異なり、中でも最高級とされるニセアカシア(ハリエンジュ)は、道内では6月ごろに花を咲かせる。ミツバチと共に汗を流す養蜂家を訪ねた。
6月下旬の早朝、快晴の石狩管内当別町。「ブーン」という羽音が響く中、縦55センチ、横45センチ、高さ35センチの木製の巣箱が20個ほど並ぶ。1箱にそれぞれ3万~4万匹のミツバチが働いている。専用の防護服に身を包んだ、江別市の田中養蜂場代表、田中康誉(やすたか)さん(39)は、「アカシアの初日です。この日のために1年間頑張ってきた」と笑顔を見せる。
まず、燻煙(くんえん)器の煙でミツバチをおとなしくさせ、巣箱から巣枠を取り出す。巣枠の表面を覆う白い「蜜ぶた」を細長い刀物で丁寧に切り落とす。ミツバチは、蜜が濃縮されて糖度を増すとふたを作るので、熟成された蜜が詰まっている証拠だ。
田中さんの母、昌代(まさよ)さん(68)が、電動の遠心分離機に巣枠をセットして回すと、芳しい香りが漂う。注ぎ口から流れるとろっとした液体は透き通った黄金色。糖度計は81・7度を指した。スプーンですくっていただくと、粘度は少なく、甘いのに後味がすっきりしている。昌代さんは「約40日の短い一生の中で、1匹が集める蜜はスプーン1杯ほど。本当にいとおしい」と目を細める。
この日は午前5時から6時間作業し、約360キロを収穫した。「今年はアカシアの当たり年。天気に恵まれてよく咲き、蜜が多く採れた」と田中さん。
家具・インテリア製造小売りのニトリホールディングスの社員だった田中さんが養蜂の道に進んだのは、祖父繁男さんがきっかけだった。若い頃に養蜂家を志していた祖父は、趣味で庭にミツバチを飼い、蜂蜜を搾って親戚に配っていた。
2011年、4年前に亡くなった祖父が愛用していた手動の遠心分離機を処分しようかと話していたら、祖母が悲しい顔をしたのに心を動かされた。「祖父の夢をかなえたい」。祖父が世話になっていた道内の養蜂家に弟子入りした。
修業を経て、14年に独立した。当初、約5万匹だったミツバチは、今では約400万匹に増えた。「彼らは家族のような存在です」。冬季、ミツバチと共に鹿児島県で過ごす間、餌は砂糖水ではなく、残しておいた蜂蜜を与えている。
心がくじけそうになったことがある。21年、前日まで元気だった30箱分のミツバチが全滅していた。近隣の農家が農薬をまいたようだった。
農薬によるミツバチ被害は全国的な課題だ。現在、田中さんは近隣の農家に農薬散布の日程を聞き取り、散布する時はミツバチを農地に近づかせない。お互いに配慮しながら、花の蜜をもらって受粉の手伝いをする関係を築いている。
田中さんが販売するのはクローバー、シナ、エンジュ、ソバなど7種類。「味の違いを楽しんでほしい」と勧める。
アカシア蜂蜜は200グラムで1650円。江別市の「のっぽろ野菜直売所」(011・382・8319)、当別町の「北欧の風 道の駅とうべつ」(電話0133・27・5260)などで販売する。オンライン販売は田中養蜂場のウェブサイト(https://www.tanaka-apiary.com/)へ。 (文・有田麻子、写真・村本典之)
*道内生産 3年連続全国一
道畜産振興課によると、道内の蜂蜜生産量は増加傾向にあり、2021年は前年比26%増の530トンで、全国の生産量の19%を占めた。全国トップは19年から3年連続。
田中康誉さんの家庭では、水分を取り除いた硬めのギリシャヨーグルトにさまざまなナッツ類をあしらい、蜂蜜をたっぷりかけて味わう。「蜂蜜が混ざらず層になり、そのままのおいしさを味わえる」と田中さん親子は声をそろえる。
蜂蜜の保存は直射日光を避け、常温が望ましい。また、乳児ボツリヌス症を防ぐため、1歳未満の乳児には蜂蜜を与えてはいけない。
(北海道新聞2023年7月20日掲載)
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