かつての酒蔵数は今の20倍!
ここ数年、北海道に新しい酒蔵が誕生し、道産酒業界が活気づいています。現在14社の酒蔵16カ所がありますが、明治時代、道内には少なくとも300カ所近くの酒蔵があったのをご存じですか?
北海道で本格的な日本酒醸造が始まったのは、明治時代に入ってからです。今から150年ほど前、「蝦夷地」から「北海道」に名称が変更されたころです。
ちなみに明治44年(1911年)に発行された「北海道清酒品評会」には、網走、稚内、室蘭、岩内など300近い酒蔵の銘柄が登場しています。札幌、旭川、小樽には各30を超える名前が記されています。
昔は、各地の盟主が地域の人たちの楽しみに、と酒を造っていました。当時は交通の便も悪く、冬期間、雪に閉ざされる北海道ではなおのこと、各地に小さな酒蔵が必要だったのかもしれません。
戦中の価格統制令や企業整備令で激減
しかし、交通網の発展のほか、戦時を迎え、価格統制令や、企業整備令により、廃業に追い込まれたり、小規模な酒蔵が大手との合併を余儀なくされたりで、1945年には43カ所に減少します。
「礼文島や稚内にもあって、増毛町内にも他に二つの酒蔵があったけれど、みな廃業して、気づけばうちが日本最北の酒蔵になっていました」
そう話すのは国稀酒造の林真二社長です。
増毛町に1882年(明治15年)に創業した国稀は、「最北の酒蔵」としても有名です。ただ酒造りを始めた当時の本業は海運業や呉服で、酒造りは「ニシン漁の網元でもあったので、やん衆のため、自家用とさほど変わらないようなもの」だったそうです。
ただ、ニシン漁景気による酒需要の高まりに加えて、本業の船で、天売、焼尻などの離島を含む留萌・宗谷の沿岸域、樺太、そしてオホーツク沿岸まで商圏を広げるなど、増毛町が日本酒の一大産地となった時期があったそうです。
北海道産の酒造好適米(酒米)登場
さて、話は戻って北海道での日本酒造りは、酒造好適米(酒米)の登場で、大きな転換期を迎えます。
今でこそ道産米は「おいしい」と全国的に人気が高まっていますが、30年ほど前までは、寒冷な気候から稲作に不向きとされていました。食味の悪さから北海道のうるち米は「ネコすら食べずにまたいでいく」との意味から「猫またぎ」、あるいは在庫がなかなか減らないため「やっかいどう米」などと揶揄されていました。
酒米に至っては栽培もできず。全て輸送費をかけて道外から仕入れなければならない状況なので、「良い酒米は本州で使うから、くず米しか手に入れられなかった」といいます。
しかし、不断の研究開発に温暖化などの影響もあり、1998年に道産初の酒米「初雫(はつしずく)」が誕生します。2000年には「吟風」、2006年には、「彗星(すいせい)」が生まれ、道外の酒米と肩を並べる存在へと一気に押し上げていきます。
名実共に「北海道の地酒」が可能に
水に加えて酒米も道産を使った日本酒、名実共に「北海道の地酒」と呼べる日本酒の製造が可能となったことは、劇的な変化をもたらします。
元々、水がおいしく、冬が寒い北海道は日本酒造りに適した場所でした。杜氏(とうじ)たちの努力に加えて、道産酒米の登場で、ブランド力は急上昇。香港や台湾など海外からの人気も高まりをみせています。
新天地求めて新規酒蔵が続々
さらに日本酒も「酔うための酒」から「楽しむための酒」へと変化。個性を求めて、新たな酒造りの場に北海道を選ぶ造り手が出てきます。
<北海道にある日本酒の会社>
・日本清酒(札幌)
・田中酒造(小樽)
・男山(旭川)
・高砂酒造(旭川)
・合同酒精 旭川工場(旭川)
・福司酒造(釧路)
・碓氷(うすい)勝三郎商店(根室)
・箱館醸蔵(じょうぞう)七飯町
・二世古酒造(俱知安町)
・小林酒造(栗山町)
・金滴酒造(新十津川町)
・上川大雪酒造(上川町)
・三千櫻(みちざくら)酒造(東川町)
・国稀酒造(増毛町)
2017年には、上川大雪酒造が製造を休止していた三重県の酒造会社を上川町に移転する形で「緑丘蔵」を開設。続けて2020年には、帯広市の帯広畜産大の構内に「碧雲蔵」、2021年に函館市に「五稜乃蔵(ごりょうのくら)」をそれぞれ設立しました。
また2020年秋には、明治10年(1877年)創業の老舗「三千櫻酒造」が、創業の地・岐阜県中津川市から東川町に移転しました。酒蔵の老朽化に加え、温暖化に伴う西日本産酒米の品質低下に悩まされ、1500キロ離れた冷涼な北海道へ会社ごと引っ越す決断をしたのです。
さらに2021年2月には、「箱館醸蔵(じょうぞう)」が道南で35年ぶりに誕生、醸造を始めました。
150年前からあった北海道三大グルメ~①絶品「蝦夷の三絶」とは?〈編集長☆発〉
酒蔵の最北問題勃発
さて余談ですが、上川大雪酒造の「緑丘蔵」が上川町にできる際、戦後初めて北海道に設立される酒蔵として大きな話題となりました。が、それとは別に、関係者の間で大きな注目を集めた話題がもう1つあったんです。
それは「最北問題」です。
最北の国稀がある増毛町と上川町とは、緯度的には横一線。焦点は「上川町内のどこに酒蔵を建設するのか?」というギリギリの戦いになっていました。
国稀がその座を守り切るのか。はたまた緑丘蔵が一気に最北に躍り出るのか?
果たしてその結果は…
ご存じの通り今も国稀が堅持しています。
緯度にして1分弱。ざくっと計算すると距離にして1.5キロほどの僅差でした。
「さすがに国稀酒造に忖度したんじゃないか?」などと、臆測話に花を咲かせる日本酒ファンの姿を今も見かけます。こうした笑い話も、常に「最北問題」がつきまとう、北海道ならではの「あるある」です。
さて、北海道には美味い酒の肴があるのは、どなたも異論がないところ。地元の食材には地元の酒が1番。今週末は、美味い道産酒で一杯、いかがでしょうか?
※文中の情報は記事公開当時のものです。