音響機器メーカーのオンキヨー(大阪)と旅行代理店の日本旅行北海道(札幌)が、発酵や熟成の過程でモーツァルトの音楽を〝聴かせた〟お酒「音楽振動熟成酒」の普及に、全国各地のワイナリーや酒蔵と協力して取り組んでいます。この一環で、国稀酒造(増毛)がこのほど、「国稀 北海道限定 純米吟醸 音楽振動熟成酒」を発売しました。奥尻ワイナリーのワイン、積丹スピリットのジンに次いで、道内3社目です。音楽の振動で熟成が促進され、味わいが変化すると注目を集めています。
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〝聴かせる〟音楽により、香りや味に違いも
オンキヨーと東京農業大学の共同研究によって、音楽の振動が酵母に影響することが判明しました。オンキヨーによると、日本酒やしょうゆなどが発酵する際に、特定の周波数の音楽を流すと酵母が音の振動を受け、アルコール発酵が促進されるとみられます。
オンキヨーは、日本酒にモーツァルトとベートーベン、ロックミュージックのメタル、電子楽器を多用するエレクトロニックダンスミュージック(EDM)をそれぞれ聴かせて、香りとアルコール感、甘さ、酸味、辛さの官能試験を実施。その結果、メタルとEDMは全体的に弱まる傾向で、ベートーベンは香りや酸味がやや強まり、辛さや甘さがやや弱まるなどばらつきが出た一方、モーツァルトは全体的に強まりました。
また、日本酒度やアルコール度数、酸度などについても、加振した場合としていない場合で、数値が変わることも明らかになりました。
オンキヨーは搭載した振動板で空気を震わせて音を発生させるスピーカーの原理を生かし、酒造に適した加振システムを開発。スピーカーと違って振動板がなく、樽やタンクに取り付けると、樽やタンクが振動板の代わりとなって振動を伝え、音が出る仕組みです。
小さな加振器を取り付けたミニ樽を触ってみました。小さく流れるモーツァルトの交響曲に合わせて、小さな振動を感じることができます。
実験を経て、第1号として、日本酒「獺祭」で有名な山口県の旭酒造が2021年、発酵中の獺祭にオリジナルの交響曲を聴かせた「交響曲 獺祭~磨~」を発売しました。
奥尻ワイナリーのワイン「繊細な味や、味わいに丸み」
この技術を広めようと、オンキヨーは22年9月に日本旅行北海道と連携協定を締結。日本旅行北海道から提案を受けた奥尻ワイナリーが11月、メルローを使って醸造中の4000リットルのステンレスタンクに、加振器を12個設置し、モーツァルトの交響曲を流し始めました。
奥尻ワイナリーが音楽を聴かせたワインは現在、3種類。発酵が終わり、熟成中のワインに1週間、モーツァルトを聴かせた赤「メルロー2021 音楽振動熟成」と、発酵中のワインに2週間、モーツァルトと、モーツァルトの周波数に近い奥尻で録音した波の音を聴かせた赤「風揺(ふうゆ)139.4、42.1」、ピノ・グリを発酵中に波の音を流した白「ピノ・グリ2023 音楽振動熟成」の3つです。
奥尻ワイナリー常務の菅川仁さんは「振動を加えると、分子の組織構造や酸化具合が変わります」と話します。赤ワインは通常、発酵10日間で、ブドウの色やうまみが抽出されます。抽出され、発酵が始まるころに振動を与えると、酵母が活性化。発酵の役目を終えて沈殿する酵母(おり)も多くなり、よりすっきり、繊細な味になるそうです。
発酵を終えた熟成中に振動を与えると、ブドウの味がしっかりと出て、ワインの味わいに丸みが出るといいます。菅川さんは「赤ワインは振動への抵抗力が大きいのに対し、白ワインは振動を与えすぎると逆にダメージになる。いつ、どのくらいの期間、振動を与えるかがかぎです」と話します。
国稀の日本酒「飲み口がきりっと」
今回発売した「純米吟醸 国稀 音楽振動熟成」は、発酵の過程で27日間、モーツァルトを聴かせました。もともと辛口のお酒ですが、発酵している時に振動を与えることで酵母が活性化。発酵が促進されより多くの糖がアルコールに変わり、アルコール度数が上がり、きりっとした飲み口に仕上がりました。熟成が促進されたことで、芳醇で味わいにも深みが出ています。
オンキヨー開発部の課長北川範匡さんは「日本酒の味はコメや水などの原料や精米度合い、造り方によるところが大きいが、音楽を聴かせることで、本来とは別の商品ができます。新しい商品のラインナップが増えるということです」と話します。
積丹スピリットのジン「森の香りに変化」
積丹スピリットは22年、この取り組みに参加。ジン「火の帆(HONOHO)KIBOU」の香り付けに使っている北海道産のアカエゾマツのエキスを抽出するため、浸漬液にひたす際にモーツァルトを聴かせました。微振動によって、より森の香りが多く抽出されているそうです。
このほか道内では、余市町のOCCI GABI(オチガビ)ワイナリーが熟成中の「キュヴェ・カベルネ アコロン」と「ゲヴェルツトラミナー」にモーツァルトを聴かせており、3年以上寝かせた後、来年以降に発売予定だそうです。
現在、全国では22社の酒造メーカーが、モーツァルトを聴かせたワインや日本酒、ビールなどを発売しています。中には、しょうゆの熟成過程でモーツァルトを聴かせた「古都で奏でるお醤油」もあります。オンキョーの北川さんは「お酒もしょうゆも好みがあるので、一概に加振したほうがおいしいとは言えないけれど、味は確実に変わります。好きな味を見つけるための選択肢が広がれば」と話します。 今後は、お酒のほか、みそや発酵バターなどの発酵食品、野菜の生育などへの影響も調べていくそうです。
札幌のバーでもウイスキーが「まろやかに」
札幌市内には、この音楽振動の仕組みを利用しているバーがあります。札幌市中心部のホテル「ラジェントステイ札幌大通」(中央区南2条西5丁目26-5)1階の「バー ソブリン」です。昨年1月から、木樽にウイスキーを複数種類入れ、加振器を取り付けて24時間、モーツァルトを聴かせています。
店内には、シックなジャズが流れていますが、カウンターの上に置かれた小さな木樽の目の前の席に座ると、かすかにモーツァルトも聞こえます。ジャズとモーツァルトの二重奏ですが、気になるほどの音量ではありません。
オーナーの山村仁さんは「モーツァルトを聴かせて2週間目くらいから、味が変わってきます」と話します。これまで7回、さまざまな種類のウイスキーをブレンドしてきたそうですが、「どれも全体的にまろやかに、ソフトな味わいになります。まろやかになるので、度数はある程度、強くなるように調整しています」(山村さん)。
まずストレートで一口含み、香りを楽しみます。その後、水を一滴加え、ウイスキーを〝開かせ〟味わうのがおすすめだとか。その後は、そのまま味わってもよし、オンザロックやハイボールなど好みの飲み方で飲んでもらうそうです。
現在は、ニッカの余市を含むジャパニーズウイスキー5種類をブレンドしたものを提供しています。
道内3社の音楽振動熟成酒は丸井今井札幌本店1条館(南1条西2丁目)地下2階の酒販コーナーなどで販売しています。購入などの問い合わせは、日本旅行北海道商事部の電話011・208・0151へ。