日本最北のワイナリーとして知られる名寄市の「森臥(しんが)」。竹部裕二さん(49)は「富良野でもできるなら、名寄でもできると思った。大した気候も変わらないとの感覚だった」と振り返るが、もちろんそれは、大きな間違いだった。
寒さで1度は断念
埼玉県生まれで北大出身の元エンジニアの竹部さんは2006年、名寄出身で実家が農家の妻麻理さん(54)とワイン用ブドウの栽培を始めた。
富良野でも栽培されている欧州系品種で始めたが、知識も技術も足りていなかった。翌年、氷点下30度にもなる寒さが原因でブドウの樹が病気にかかり、「全て引き抜くしかなかった」。その後2年以上、夫婦間でワインの話に触れることはなかった。けれど、心の底に「もう1回やらないとならない」との思いが火種としてくすぶり続けた。
雪の布団で「暖」を取りながら春を待つブドウの樹にとって、最大の難関は、その布団から出入りする時季だ。やっとの思いで芽吹いた春先や、ようやく実を付け、あとは収穫を待つばかりとなった時に、突如として大敵の霜が襲ってくる。中でも春先の遅霜は致命傷となる。
かがり火を焚き、再挑戦
畑の場所も変えて心機一転、2011年の再挑戦では、共に寒さに強いバッカスと、道内での実績がなかった山ブドウを交配した「小公子」を選んだ。春の霜対策として、冷え込みそうな日は、固形燃料を入れた専用缶を畑に並べ、寝ずの番をしながらかがり火を焚く。6月の霜も珍しくなく「年に2回、火を付けることもある」。秋は霜が降りる前に早めに収穫日を決めておく。
地元の人たちに
まだ収穫に至らない畑を除いた2ヘクタールから約4000本を造る。直売店での販売を基本とするのは「せっかく名寄で造っているのだから、ここで販売して、地元の人たちに飲んでもらいたい」との思いからだ。
この春、リリースしたワインは「地域性をよく表現してくれている。穏やかな奇麗な酸がしっかり残って、食中酒に向いている。質的にもおいしいワインができた」と自負している。
ブドウの頑張りをワインボトルに詰める
竹部さんに目指すべきワイン像を尋ねると、「全く無いんです。そもそもワイン造りを始めるまで、人生で3本もワインを飲んでいないので」と笑った。そして、強いて言うならば―と前置きした上で、こう言葉を紡いだ。
「こんな寒い所に連れて来られたブドウの頑張りが、ボトルの中にぎゅっと詰まっていればいいかな」
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<森臥>名寄市弥生674。直売所での販売は、HP(https://shinga-shinga.jimdofree.com/)の問い合わせフォームで個別対応している。
北海道にあるワイナリーは50を超え、今やワインの一大産地となっています。地形や気候、積雪量の違いなど、生産者たちは地域ごとのテロワール(風土)を生かし、時には自然と戦いながらブドウの樹を育て、ワイン造りをしています。
人とブドウの生命力が勝ち取った「命の恵み」でもあるワイン-。そんなワインを生み出す北海道のワイナリーを編集長の山﨑が巡ります。
(※記事中の情報は記事公開当時のものです)