「発酵食品」と聞いて、何を思い浮かべますか。みそやしょうゆ、酒類、納豆、漬物など、日本人の暮らしの中には発酵食品がたくさんあります。乳酸菌や麹菌などの微生物の働きで腐敗を防ぎ、味や香りがアップするほか、栄養価が増したり、整腸機能が向上したりと、私たちにとってメリットも大きい発酵食品。「発酵」に焦点を当てたメニューを提供している飲食店3店を紹介します。
目次
料理、デザート、ドリンクも 発酵づくしの「ぽんぽこ亭」
「発酵ダイニング ぽんぽこ亭」は狸小路に店を構えて今年で30年目の、元鍋料理店です。2020年春にリニューアルし、発酵に焦点を絞ったメニューを提供しています。発酵といっても特別なものではなく、塩麹や黒酢、酒粕、ナンプラーなど身近にある素材をちょっと工夫して使うことで、健康でおいしく、安全・安心を心がけているそうです。
おすすめは、発酵の魅力がたっぷり詰まった月替わりの「発酵料理」ランチプレート。6月は黒酢ネギソースを絡めた塩麹ザンギやイカのしょうゆ糀バター炒め、塩麹や酢を使ったナムルなど肉、海鮮、野菜をバランス良く取り入れたおかずが盛られています。スープはキャベツやニンジン、カボチャ、タマネギをことこと煮出し、野菜のおいしさと生命力が溶け込んでいるとされる「ファイトケミカルスープ」とご飯、ザーサイ、「一口発酵食材」としてヨーグルトか甘酒が付いて900円です。店主の吉川精一さんは「おいしいのは譲れない。でも、そこでちょっと体にいいもの、安心なものを食べてほしいと考えました」と話します。
さらに、甘酒豆乳プリンとクリームチーズのアイスケーキ「カッサータ」、酒粕のショコラパウンドケーキのミニデザート3品、ヨーグルトレモネードラッシーやリンゴ酢ラッシーなどから選べるドリンク付きで1680円。デザートまで、甘酒やチーズ、酒糀と発酵づくしです。
昨年開発した自慢の一品が、韓国風鍋の「発酵すぅぷのモツちーずチゲ鍋」です。もともと鍋料理専門だっただけあって、もつ鍋やキムチ鍋は得意。そのノウハウを生かしながら、野菜をたっぷり使い、チーズとキムチ、味噌、酒粕、コチジャンなど発酵食品を追加しました。チーズが辛みを和らげ、うまみのある辛さが後を引くとはまる人が続出。大手グルメサイト「ぐるなび」の読者や審査員の投票で決めるコンテスト「2022年トレンド鍋」で全国グランプリを獲得しました。ご飯と一緒に定食として食べても、宴会のメインとしても、人気だそうです。
このほか、夜のおつまみメニューも含め、9割以上に何らかの発酵食品を使用。飲み物も韓国の発酵果実酢「ホンチョ」を使ったサワーや発酵食品のマッコリ、きくいも茶やゴボウ茶など体にいいお茶を使ったハイボールなど、健康を意識したものが盛りだくさんです。
吉川さんはリニューアル前、鍋料理ならではの冬場の宴会需要に対し、売り上げが落ち込む夏場の対策に頭を悩ませていました。サラリーマンの団体の宴会が多かったのですが、新型コロナ禍が直撃しました。スタッフとも相談し、長年続いた自慢の鍋の味を生かしつつ、若者や女性もターゲットにできるスープに着目。さらに、「発酵食品なら、体調や体型を気にする男性も受け入れやすい」と考えました。
吉川さんは民間資格の「発酵食品ソムリエ」を取得。スタッフ総出で壁の塗り替えやテーブルの組み立てなども手掛け、再出発を図りました。店内は畳敷きの宴会場やテーブル席から、白を基調にしたカフェ風に変身。それまでシンボルだった信楽焼のタヌキも真っ白に塗り替え、仲間に加えました。「ぽんぽこ亭」という店名も引き継ぎ、狸小路に立地する歴史と、タヌキのかわいらしさを大切にしつつ、新しいチャレンジを続けています。
住所/札幌市中央区南3条西3丁目 アルファ狸小路ビル地下1階 |
電話/011・219・2366 |
営業時間/午前11時半~午後3時、午後5時~午後10時。金曜、土曜、祝日前は午後11時まで |
定休日/無休 |
肉を熟成、フルーツシロップ手作り 手間暇かけて 「発酵ヤード」
大きな曲線のカウンターを中心に、照明をぐっと落としたおしゃれな雰囲気の「発酵ヤード」。店名の通り、「発酵」を取り入れたフードやドリンクを提供しています。おしゃれなだけではなく、肉を熟成させたり、生のフルーツからシロップを手作りしたりするなど手間をかけ、味にもこだわったお店です。
フードは創作料理が中心。「唐辛子麹につけた豚のパクチー和え」(720円)は店の看板メニューのひとつ。豚肩ロースを唐辛子や米などでつくった特製の麹に2週間漬けて熟成させ、ローストしたもので、店を運営するノースグラフィック運営第一課長、黒沢亮さんは「高価な肉ではないのですが、熟成と麹の力で柔らかく、びっくりするほどおいしくなります」と説明します。
「牡蠣の発酵オイル漬け」(595円)はカキを昆布で締め、干し納豆や豆鼓、発酵唐辛子でつくったオリジナルの発酵オイルに漬け込んでおり、カキのうまみがぎゅっと凝縮されています。「甘納豆チーズ」(530円)はクリームチーズに甘納豆を練り込んだもので、甘みとチーズのまろやかさが感じられる一品。レーズンバターのような感じで、クラッカーが添えられてます。
ほかにも、塩麹やもろみみそ、バルサミコ酢、ザーサイ、発酵白菜などの発酵食品をつかったり、熟成させた肉や魚を調理したフードがずらりとそろいます。
ドリンクは、ナチュールワインとジンにこだわっていますが、発酵を取り入れたものも人気です。店ではレモンやライム、トマトのほか、季節のフルーツを使ったシロップを手作り。カウンターにシロップのびんがずらりと並び、ブクブクと泡が出ていて、発酵しているのがよく分かります。それを使った「発酵トマト麹サワー」(495円)は甘みと酸味のバランスがよく、食事にぴったり。この季節に作っているパイナップルシロップと焼酎に、白ワインビネガーやフレッシュバジルを合わせたサワーも、不思議な組み合わせながらさっぱりといただけます。
発酵に焦点を当てた理由について、黒沢さんは「出店準備をしていたのがコロナ禍でした。腐敗と発酵は紙一重だけれど、発酵の力はすごい。『発光』にもかけて、地域に光を投げかけたいとの願いも込めました」と説明します。2020年10月のオープン以来、リピーターも増え、発酵の魅力にはまって自分でフルーツシロップをつくって家でも飲んでいるという常連さんもいるそうです。
住所/札幌市中央区南2条西6丁目5 土肥ビル1階 |
電話/011・218・1200 |
営業時間/午後5時~午前0時。土日祝日は午後3時から |
定休日/月曜 |
「ジンジャービア」製造後の絞りかす活用 カレーで無駄なく 「ハッコウキッチン」
キッチンカー「ハッコウキッチン」では、ショウガとレモン、唐辛子を発酵させた炭酸飲料「ジンジャービア」を製造した時にできるショウガとレモンの絞りかすを活用したドライカレーを製造、販売しています。ジンジャービアはオーストラリアなどで人気の飲み物で、12年間オーストラリアで飲食店を経営していた前田伸一さんが帰国後、倶知安町で製造を開始。カレーは、絞りかすも無駄なく使いたいと、前田さんが2年半ほどかけて開発、今年4月から販売しています。
ご飯とドライカレー、3種類のアチャールが猫の肉球型の紙容器に盛り付けられています。この日のアチャールはタマネギ、キャベツ、キュウリとニンジン。カレーは一口目はさほど辛くはなく、まろやかで奥深さが広がります。アチャールははし休めになりますが、カレーに混ぜながら食べても、また複雑な味わいになります。カレーもご飯も、見た目以上にたっぷり。最初は辛さをあまり感じませんが、食べるほどにスパイス感が増します。1食950円です。
ジンジャービアの製造後に出るショウガとレモンの絞りかすは、煮出した後、乾燥させてパウダーにしています。カレーの原材料はこのパウダーのほか、タマネギ塩麹やみそ、ニンニク塩麹、甘酒、発酵バター、ヨーグルト、魚醤、スパイス類など。前田さんは当初、ルーカレーもつくってみたといいますが、パウダーのざらつき感が気にならないドライカレーに落ち着いたそうです。
キッチンカーでは「発酵レモンのレモネード」(450円)も販売しています。まろやかな酸味と優しい甘さがカレーにぴったりです。
捨てられるものに一工夫を加えて商品化したアップサイクルのカレーだけに、容器もスプーンも、ストローも紙製。環境にも配慮しています。カレーはキッチンカーのある建物の中の「工場」で製造、冷凍保全しています。キッチンカーで販売するほか、各種イベントにも出店しています。
前田さんは高専卒業後、会社員となりプログラマーとして働きましたが、海外での起業という夢を胸に、「海外では寿司職人の技術があれば、便利だろう」と週末に寿司店でのアルバイトも兼業。寿司の技術を本格的に身につけようと会社を退職、銀座の寿司店などで修行して、24歳でオーストラリアに渡りました。その後、開店させた和食店は現地で大人気となり、前田さんは3店を展開。100人以上の従業員を使い、飲食店向けのさまざまな賞も受賞したといいます。従業員も多国籍で、彼らからベトナムやタイ、イタリアなどの料理も学んだそうです。現地での生活は多忙を極め、プライベートも犠牲にしてレストランの運営を続けました。
そんな生活を転換しようと、前田さんは2014年に帰国。オーストラリア人観光客が多い倶知安でレストランを開業しました。オーストラリアで出会った「ジンジャービア」が日本にないことに気づいた前田さんは自ら製造に乗り出し、20年7月にジンジャービア「HAKKO GINGER」の醸造所を開設しました。
年間約10万本のHAKKO GINGERを製造するのには、ショウガとレモン約3トンが必要で、その絞りかすは約1・9トンにもなります。レストランの料理や焼き菓子などに活用しましたが、消費しきれません。さらに、コロナ禍でレストランでの使用にも限界が。原料のショウガやレモン、唐辛子は国産有機栽培にこだわっています。「捨ててしまうのは簡単だし、その方が安いけれど、農家さんが作ってくれた材料を無駄にしたくない」とカレーにアップサイクルしました。
ところで、「ジンジャービア」ってどんなものか知っていますか? 日本やカナダ、アメリカなどで販売されているジンジャーエールはショウガシロップを炭酸で割ったものですが、ジンジャービアはショウガやスパイスなどを乳酸菌や酵母で発酵させたガス入りの発酵飲料です。アミノ酸やビタミン、ミネラルが豊富で、しっかりとした辛みと優しい甘みが特徴です。アルコールがあるものもありますが、HAKKO GINGERは清涼飲料水として販売、飲んだ後に運転もできるようアルコールは除いています。
味はスタンダードのほか、ノンシュガー、いちご、ナイアガラ、ハスカップなど15種類、1本600円から。ただ発売以来、大変な人気で、現在は予約後2カ月待ちの状況だそうです。
前田さんはカレーの製造、販売にかかわる人たちの働き方にもこだわりを持っています。オーストラリアで料理人として、寝る間やプライベートを削って働いてきただけに、ハッコウキッチンの工場でのカレーの製造やキッチンカーでの販売に携わる人たちは、数時間から働けます。子どもを遊ばせるスペースも設け、子連れ出勤も可能です。ドイツ製の最先端の加熱調理器具もそろえ、「仕込みだけ」「調理だけ」「販売だけ」など作業ごとに分割してタスク管理ができるようにも配慮しました。
前田さんは、さらなる挑戦を続けています。倶知安町産ジャガイモとコメを原料にした原酒をベースに、アイヌ民族が薬などとして使ってきたシケレペ(キハダ)とエント(ナギナタコウジュ)などで香り付けしたジンを積丹町のジン製造販売「積丹スピリット」に委託醸造。1800本限定でつくり、6月に200ミリリットル、1万2千円で発売しました。また、クラフトビールの開発も進めています。
住所/札幌市中央区北9条西18丁目35-89 |
営業時間/午前11時半~午後1時 |
定休日/土曜・日曜。イベントなどで不定休あり |
インスタグラム/hakkokitchen_by_hakkoginger |
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