国内外で評価が高まっている余市町のワイナリー「ドメーヌタカヒコ」の曽我貴彦さんのトークを聞きながら、ワインと道産食材を味わう「マリアージュ&トークショー 一夜限りのスペシャルディナー」が1月19日、札幌市中央区のヌーベルプース大倉山で開かれました。道産食材を使った「北海道キュイジーヌ(料理スタイル)」の6品が提供され、デザート以外の料理1皿にドメーヌタカヒコのワインなど道産ワイン1杯と海外のワイン1杯、計10杯が付く「ダブルペアリング」で、参加者はぜいたくな味わいを堪能しました。
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1皿に2杯「ダブルペアリング楽しむ」
「日本新三大夜景」とされる札幌の夜景と道産ワインを共に楽しもうと、TripEat北海道が1~2月に実施している「札幌夜景レストラン×道産ワイン マリアージュフェア」の一環として開催。44人が参加しました。トークショーには曽我さんと、この日サーブ道産ワインを選定、ペアリングを監修したフード&ワインジャーナリスト鹿取みゆきさんが登壇し、ヌーベルプース大倉山を運営する札幌振興公社のレストラン統括支配人で、海外ワインをセレクトした伊賀智史さんもマイクを握りました。司会はフリーアナウンサーの国井美沙さんです。
1品目、アミューズは「ヒンナ(アイヌ語で「食べ物に感謝する」の意)」と名付けた3品。「三元豚ASAHIKAWA BIANCOのリエット」と「別海産ワカサギのフリット シトロン デュカ」、「江別産黄かぶのヴルーテ」です。これには、シャープな酸が特徴で、ボリューム感もあるフランス・シャトーゴードレルのスパークリング「アンンモニット クレマン ドゥ ロワールNV」と、花のような香りが特徴で、穏やかな味わいと伸びやかな酸があるドメーヌタカヒコの白ワイン「ナカイブラン2022」を合わせます。
クレマンはスパークリングで、シュワっとした質感を楽しみます。ケルナーを使ったナカイブランは、ユズのような香りで、アミューズの中心のワカサギによく合います。ワカサギにはレモン入りのマヨネーズが添えられていますが、コンディメント(薬味、調味料)としてさらにレモンと、ゴマやクミン、コリアンダーなどを合わせたデュカが出され、「追いレモン」をしたり、香りを足したりすることで、ナカイブランの酸とさらに一体感が増します。
白ワインの味わい、複雑にするのは難しい
曽我さんは「ナカイブランはヨード系で、昆布だしなどと合わせることが多いが、このフリットの苦みとも合う。ナカイブランにもちょっと苦みがあり、魚の苦みとよく合う」と感想を述べました。
曽我さんはワイナリーを創設したころ、まだ自身の畑のピノノワールが十分に育っておらず、地元の中井農園のケルナーを使って4年間ほど、白ワインをつくっていました。これがナカイブランです。自身のピノノワールがとれるようになりましたが、今でも毎年、樽1つ分だけ、造っているそうです。通常、白ブドウは収穫した日にすぐにプレスし、搾汁、発酵させるのが一般的ですが、ナカイブランは房ごとタンクの中に入れて、すべてのブドウの収穫が終わった後に絞って発酵させます。
白ワインについて、曽我さんは「ナカイブランを含め、自分は白ワインはあまり上手に造れないと思っています」といいます。ラーメンに例えると、「白は塩、うちのピノノワールはしょうゆ、力強いワインはとんこつ。複雑なワインが好きだが、塩を複雑にするのは難しい。しょうゆラーメンはだしのような味わいにできるが、塩ラーメンのだしを強くすると、だしそのものになってしまう」と表現しました。
また、曽我さんは余市のワインを出身地・長野の野沢菜漬けや信州みそになぞらえます。「ワインは農産物。大手の漬物工場や醸造メーカーがつくる漬物やみそではなく、農家がつくる野沢菜漬け、信州みそでありたい。テロワールという風土はそこから生まれる。工場的なものは企業がつくればいい。ぼくはいち農家でありたいし、農家がつくるワインをつくりたい」。
2品目は「真狩村百合根のムースリーヌ つぶ貝と帆立貝のジュレ寄せ」。百合根のムースの上に、ツブとホタテ、昆布とカツオだしのゼリーとそのだしの泡を浮かべたものです。
これに合わせるのは、ニュージーランド南島北東部ワイパラヴァレーにあるNZL TAKA K Winesの白ワイン「タソックテラス2023リースニング」と三笠のワインばたけ浦本の白ワイン「nakimushi NV」を合わせます。海外ワインをセレクトした伊賀さんは「タソックテラスはニュージーランドのワインですが、日本人の小山竜宇さんという人が造っています。エチケットには龍が描かれていて、今年は辰年ということもあり、選びました」と説明します。
タソックテラスは芳醇な口当たりで、甘さや複雑さもありながら、すっきりとした味で、リースニングの甘みと百合根の甘みがマッチします。nakimushiはオレンジピールやリンゴのみつのようなニュアンスで、ボリューム感やうまみがあり、百合根のムースに添えられた花穂しその華やかな香りと、nakimushiの華やかさで、香りに広がりが出ます。
鹿取さんは「nakimushiのオレンジピールやリンゴのみつの香りと百合根のムースのこくが、渾然一体となります」とペアリングのポイントを説明。「このワインのブドウを収穫した2022年は天候に恵まれた年ではありませんでした。浦本さんは泣きたい気持ちになったという農家さんに思いを馳せて、nakimushiと名付けたそうです」とワインの名前の由来を語りました。
日本のワインは高級なだし
nakimushiはやや濁りがあります。濁りについて、曽我さんは「ぼくにとって、日本のワインは高級なだし。料亭で高級なだしを乳酸菌も通さないようなフィルターにかけたら、水っぽくなってしまう。昔、日本のワインの造り手はフィルターをかけてピカピカに磨いていた。ぼくたちにはだしの繊細さがある。素のままがいい」と話しました。
3品目は「根室産真たちとポロ葱のロワイヤル 和田牛蒡のカプチーノ」。ポロねぎをロワイヤル(洋風茶碗蒸し)にして、その上に帯広の和田農園産のゴボウを細かくしてクリームと和えたものと真たちのムニエルをのせ、ゴボウスープをカプチーノ風に泡立てたソースを添えています。コンディメントとして、バルサミコ酢とカイエンペッパーが付いています。
ワインはフランス・セバスチャンリフォーの白ワイン「サンセール アクメニネ2016」とKONDOヴィンヤードの白ワイン「タプコプブラン2021」。サンセールはソーヴィニョンブランを使っていますが、クリやブリオッシュのような香ばしい印象があり、ゴボウの香りやロワイヤルの中に入っているギンナンとも良い相性です。コンディメントのバルサミコ酢を付けると、サンセールの複雑さとよく合います。タプコプブランもソーヴィニョンブランを97%使っており、骨太な酸でしっかりとした味わいが、強めに焼き色を付けた真たちやゴボウの香りとマッチングします。カイエンペッパーを付けると、料理の味が締まってさらに寄り添う感じになります。
タプコプについて、鹿取さんは「造り手の近藤さんは、ブドウの糖度が高すぎてワインに甘みが残ってしまうと悩んでいました。2021年に発酵の途中で、ジョージアでよく使われるクヴェグリに入れてみました。クヴェグリは卵形をしており、ワインが中で対流しやすくなり、無事に発酵が終わって、このワインができました」と教えてくれました。
余市には、数多くの小規模ワイナリーを
曽我さんはワイン産地としての余市の強みについて、語りました。「余市のブドウで年間500万~600万本のワインを造ることができるが、今はほとんどが町外のワインの原料になっています。これを取り戻せば、余市はワインの大産地になる。農家がある産地は強い。どこにもまねはできません」。
ただ、大きなワインメーカーにする考えはないといいます。曽我さんは「山梨の中堅どころのワイン製造業者は、年間100万本ほど造ります。ぼくは今、年間2万本ほど。規模を大きくするより、100軒、200軒と小さなワイナリーの数を増やしたほうがいい」と話します。
曽我さんの地元・登地区の小学校は子どもの数が少なく、複式学級。この小学校を子ども、孫の代まで存続させるためには、地域で暮らし、子どもをこの小学校に通わせるワインの造り手が増えればいいと考えたのだそう。そのためには大きなワイン工場をつくるより、小さなワイナリーがたくさんでき、多くの人が生活するほうがいいというわけです。
4品目は「寿都沖平目のブレゼ 柚子の薫るコキヤージュソース」。ヒラメとオマールエビをブレゼ(蒸し煮)して、アサリや貝のだしを合わせたポキュアージュソースを添えました。脂ののった柔らかいヒラメとぷりっとしたオマールエビの上には、からし菜や豆苗のほか、たっぷりの刻みショウガとミョウガがのっています。コンディメントはタイムパウダーと、クルミとヘーゼルナッツを砕いたもの。伊賀さんは「昨晩ギリギリまでシェフと一緒にこの料理とワインとのペアリングを考えていて、日付が変わるころにシェフがクルミとヘーゼルナッツを砕いてそのまま出したらと発案しました」と熟考の様子を披露しました。
イタリア・ルナーリアのオレンジワイン「ルナーリア アルヴァジア ビアンカ2022」とドメーヌタカヒコの「ナナツモリ ブランドノワール2021」を合わせます。ルナーリアは1次発酵が終わる前にびんに詰め、びんの中で炭酸を発生させる「アンセストラル」方式で作られていますが、泡はないという珍しいワイン。うまみとミネラルのコントラストが特徴的で、香りの強いミョウガやショウガ、からし菜などの味わいの鋭さを包み込みます。
ブランドノワールはアルコール度数が15.5%と高く、本来は貴腐ワインですが、これは辛口。カリンやはちみつのような甘さの中に厚みのある酸、複雑な香りがあり、口の中に余韻が長く残ります。非常に強い印象ですが、ショウガやミョウガ、タイムパウダーの香りの強さと混ざり合います。
曽我さんは「アルコール度数が高いと料理と合わせにくく、デザートなどと合わせたくなりますが、この料理にはぴったり合っていて、すばらしい」と絶賛しました。
北海道のレストランは、北海道のワインを扱ってほしい
曽我さんは余市で、まちづくりにも力を入れています。「まちが元気にならないと、子どもたちは残ってくれない。ぼくのワインづくりのゴールは、子どもが自主的にここに残ってワインづくりをしたいと言ってくれること。そのためにはいいワインをつくらなけばれならない」と話します。
さらに、「北海道のレストランには、北海道のワインを扱ってほしい。ワインリストのトップは、どこの国でも自国のワインがトップだが、日本は残念ながらフランスワインがトップを飾る。努力をしていいワインをつくらなくてはならないし、市場もつくらないとならない」と訴えました。
メインディッシュは「白糠町産蝦夷鹿肉のグリエ ジュ ドゥ シュヴレイユ」。柔らかい内ももの部分をグリルし、ワインと合わせるために八角やアニス、グローブを加えた焼汁を煮詰めたソースと、バジルソースを添えています。
ワインはフランス・ポールガローデの「ブルゴーニュ ピノノワール2019」とドメーヌタカヒコの「ナナツモリ ピノノワール2021」。ブルゴーニュはしなやかなタンニンとミネラル感のある優しい味わいで、牛肉に比べて脂の少ないあっさりした味わいのシカ肉に合います。2021年のナナツモリはグレートヴィンテージとされ、しっかりした骨格と果実味でボリューム感があり、シカ肉とのペアリングは最高です。
心地よい、ほっとする香りを表現したい
曽我さんは「一般的にうちのワインはカブやアスパラ、キノコなど野菜に合わせやすいが、このヴィンテージはしっかりしているのでシカ肉に合う」と太鼓判を押します。2021年のナナツモリはタンニンが強く、曽我さんは「タンニンはうまみをマスキングするので、正直、もっと寝かせて飲んでほしい。寝かせればもっとうまみが出てきます」とアドバイスしました。
さらに、曽我さんはドメーヌタカヒコのワインの特徴として、マツタケの香りや白檀の香り、セージなどのハービィーな香りを挙げました。「ナナツモリに求めているのは、日本の森の香り。寺社仏閣や石畳を歩くような香りの世界観。じめじめしながらも心地よい、懐かしい、おじいちゃんの家のような香り、ほっとする香りを表現したい」と話します。
ここで、曽我さんが特別に「ヨイチノボリ パストゥグラン2020」を持ってきて、自ら各テーブルを回り、参加者にサーブしてくれました。ピノノワールが主体で、ツヴァイゲルト25%、ガメイも入っています。曽我さんは「イチゴ系のかわいらしい、チャーミングな香りがあって、果実味があしっかりしている。パストゥグランというのは『地域のブドウ全部を使って』という意味。余市で赤ワインといえばツヴァイゲルトなので、試験的に作ってみました」と説明しました。鹿取さんは「ドメーヌタカヒコの飲み比べの機会は貴重な機会」と参加者にすすめます。
デザートは「金柑のコンポートと柑橘のソルベ ムースフロマージュブラン」。甘く煮た金柑とさわやかなソルベにチーズのムースが添えられています。アクセントに山椒のパウダーが添えられており、味を引き締めます。
ドメーヌタカヒコのワインはデンマーク・コペンハーゲンにある世界で最も予約困難なレストランの一つとされる「ノーマ」で採用されており、ロンドンやニューヨークなどの世界トップクラスからのレストランの引き合いも増えています。曽我さんは「(国内で)買えないと言われ、輸出は考えていなかったが、日本を知ってもらいたい、北海道はこれだけのものを作れるということを世界に知ってもらいたいと思って輸出しています」と明かしました。
鹿取さんは「東京でも、北海道のワインを飲みたいというワインファンはたくさんいます。でも、北海道の造り手たちは、少しでも多くの北海道のワインを地元・北海道で飲んでほしいという人が多いようです。今は温暖化が進んでいますが、そんな中でも北海道は冷涼な気候によって、自然の酸の伸びやかな味わいを持ち合わせます。それが北海道のワインが日本ワインの中出際立っている点ではないでしょうか」と道産ワインにエールを送りました。
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