美しい景観が呼び込んだワイン造り
「当時の市長を恨んでるの」
そう言うと、宝水ワイナリーの倉内武美社長は、ちゃめっ気ある笑顔を見せた。
ワイナリーなんて、全くやるつもりはなかった。それまでワインなんてほとんど飲んでいなかった。
岩見沢市宝水地区の稲作・畑作農家の3代目。連作障害を防ぐためにワイン用ブドウの栽培を始め、北海道ワイン(小樽)に全量出荷していた。2001年秋、畑で作業をしていると、農道に似合わない黒塗りの車が停車した。岩見沢市長(当時)が斜面を駆け上がってきて尋ねた。「これはなんだ?」。通りすがりに車窓から見た美しい景観に感動していた。
波瀾万丈の船出。借金と在庫が二重苦に
これをきっかけに翌2002年、市の声掛けで岩見沢市特産ぶどう振興組合が立ち上がり、宝水地区の農家有志がブドウ栽培を始めた。06年には宝水ワイナリーを設立。同年夏、購入した生食用ブドウで初めて仕込んだワイン3万5000本が完成したが、知名度も販売ノウハウもなく、借金と共に在庫として重くのしかかった。
「まずは地元から」と、片っ端から営業にまわった。昔、酒問屋で配送のバイトをしていた経験が生き、「あんた見覚えあるよ」と少しずつ取り扱ってもらえるようになった。
評価と共に広がる知名度
この年、初めて自社畑のブドウを使った「RICCA(りっか)」シリーズを仕込み、ラベルを細い縦型にした。当初は「ワインらしくない」と批判も受けたが、今では、店頭のどこに並んでいても「すぐに宝水だと分かる」。
2008年に国産ワインコンクールで銅賞を受賞したのを機に広く知られるようになっていった。13年には人気ワイン漫画「神の雫」で、「RICCA雪の系譜シャルドネ」が「芳醇(ほうじゅん)で自然を感じるワイン」と紹介された。
〈編集長の北海道ワイナリー巡り〉④多田農園(上富良野) 今年も芽吹く復活のメルロー
映画の舞台に
景観の良さから、2014年公開の映画「ぶどうのなみだ」(主演・大泉洋)の舞台にもなった。ワイナリーの建物は、小樽の鉄工所を移設したもので、映画のセットに使われた風車や室内の様子を見学することもできる。
「宝水町の風土(テロワール)が溶け込んだ手工芸のワインを」をモットーに、9.5ヘクタールの畑で、レンベルガー、ケルナー、シャルドネなど7品種を栽培する。海底が隆起してできた畑はミネラル分が多く、「優しく、飲みやすいワイン」という。
宝水ワイナリーを守るために
本当は、妻と2人、農業をやれるだけやって、それで終わりにしようと話していた。それが今、妻にブドウの世話をさせている。でも、投げるわけにはいかない。みんな本当によくやってくれている。何より、ここまで来て中途半端なことにはしたくない。
今年2月で76歳になった。
「今の従業員と一緒にワイナリーを継いでくれる人に、『RICCA』と『宝水』の両シリーズを守ってもらえればありがたい」
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<宝水ワイナリー>岩見沢市宝水町364の3。直売所のほか、ソフトクリーム販売施設もある(冬期間は休業)。ワインは自社栽培のブドウで仕込んだ「RICCAシリーズ」と、食用ブドウで醸造した「宝水ワインシリーズ」がある。HPは、https://housui-winery.co.jp/
北海道にあるワイナリーは53を数え、今やワインの一大産地となっています。地形や気候、積雪量の違いなど、生産者たちは地域ごとのテロワール(風土)を生かし、時には自然と戦いながらブドウの樹を育て、ワイン造りをしています。
人とブドウの生命力が勝ち取った「命の恵み」でもあるワイン-。そんなワインを生み出す北海道のワイナリーを編集長の山﨑が巡ります。