凍害から生き残った復活のメルロー
いまだに覚えてます。2011年の12月8日、マイナス25度まで下がったんです。
多田農園(上富良野町)の多田繁夫さん(70)は、昨日の出来事のように話す。
「植えてから来年で3年目。メルローが収穫できる」と楽しみにしていた。天気予報でも冷え込むとは言っていなかった。
「まずい」。慌てて道路脇に積もっていた雪をブドウの樹にかけたが、間に合うはずはなく、翌年は、ほとんどの樹が芽を出さなかった。
ただ、それでもわずかな雪に助けられ、かろうじて生き残ったメルローの樹からは13年、「本当にすごい良質なブドウ」が収穫できた。「復活のメルロー」は今年も芽吹いている。
120年続く畑作農家の新たな挑戦
120年前に入植した畑作農家の3代目。20代の頃、ワインに興味を持って、山梨県勝沼市などを見てまわったことはあったが、ニンジン農家として長年やってきた。
ワイン用ブドウの栽培を始めるきっかけは2007年、知人の病院を見舞った帰り道、岩見沢市の宝水ワイナリーに立ち寄ったこと。1週間後に「ブドウの苗木が余っているから、植えませんか?」と連絡が来た。
しばらく悩み、断りの連絡を入れようと思った日の朝、たまたま電話をくれた知り合いに相談すると、「野菜とワイン、びったりじゃないの!」と背中を押された。「そうか、野菜農家がワインを造ってもいいのか」と、すとんと心に落ちた。
最良のブドウは、厳しい条件下で生まれる
委託醸造によるワイン造りを経て、2016年には醸造所を開設。除草剤は一切使わず、最低限の農薬のみでメルロー、ピノ・ノワール、シャルドネなどのブドウを育てる。「リスクが高い」と言われていた野生酵母にこだわり、酸化防止剤もほんのわずかかしか使わない。
かなり遠回りしてきた、と思う。だが、長年農家をやってきた経験から「失敗に気づいてから修正する能力はある」。昔、聞いた「最良のブドウは、やっとのことで熟した厳しい条件の中から生まれる」との言葉を胸に、「15年経って、かなりのレベルまできた」と自負している。
〈編集長の北海道ワイナリー巡り〉③相澤ワイナリー 56年ぶりに誕生した十勝に吹く新しい風
ワイン造りのロマンをワインボトルに描く
多田農園を訪れた春先、真っ白な雪を頂いた十勝岳連峰が美しく眼前にそびえていた。200万年前からの数々の噴火活動によって形成された十勝岳連峰。それら噴火によってできた火山灰層に根を張るブドウの樹は、十勝岳や富良野岳からのミネラル分を含む伏流水を吸い上げ、実をつける。素晴らしいロケーションに、多田さんは「そう考えるとロマンですよね。それをイメージしたのが、ワインボトルに描かれたブドウの樹の根なんです」と教えてくれた。
導かれるようにして始まったブドウ栽培とワイン造りについて、多田さんは、こう振り返る。「いろんな人にお世話になった。人と人のつながりの中で今の自分は成り立っている。『生かされている』というのが正しいのかもしれないですね」
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<多田農園>上富良野町東9線北18号。直売所のほか、宿泊施設「プチペンション田舎俱楽部」があり、ワインや自家農園で栽培した無農薬野菜などが味わえる。宿泊施設の今年の営業は10月 11日までを予定している。詳しくはHP(https://ninjin-koubou.com/)。
北海道にあるワイナリーは53を数え、今やワインの一大産地となっています。地形や気候、積雪量の違いなど、生産者たちは地域ごとのテロワール(風土)を生かし、時には自然と戦いながらブドウの樹を育て、ワイン造りをしています。
人とブドウの生命力が勝ち取った「命の恵み」でもあるワイン-。そんなワインを生み出す北海道のワイナリーを編集長の山﨑が巡ります。
(※記事中の情報は記事公開当時のものです)