子供たちの自然体験用に畑を購入
「子供たちが自然体験できる畑を維持するために始めたけれど、地域の人に喜んでもらえて、畑も維持できて、本当にやってよかったと思っている」
余市町の「ワイナリー夢の森」代表の大下聡さん(75)は言う。
余市出身で、中学校の社会科教諭だった大下さんは、60歳の定年退職を機に、妻が町内で運営する幼稚園の経営に参加した。教育方針について抜本的に見直し、自然体験と食育に力を入れるため、畑を買うことを決めた。
本当は20~30アールほどの畑を探していたが、「そんな小さく畑を切り売りする人はない」と言われ、3ヘクタールを購入した。「勢い」で買ったが、いざ管理しようとすると「広すぎて手が回らなかった」。
ワイン造りは畑を維持するための手段
畑には、前の持ち主が契約栽培していたワイン用ブドウの「セーブル」が30アールほど残されていた。「ワインを造れば、維持できるかも」。数年前に道内初のワイン特区に認定された余市町では、ワイナリーが続々と開設していた。「俺でもできるんじゃないか?」と簡単に考えた。
2016年9月、醸造免許の取得と同時に醸造所も完成した。翌月、山梨からコンサルタントを呼んで、早速仕込んでみたが、「あなたは日本一ワインを知らないワインを造る人だね。アドバイスはする。来年からは自分で自分のワインを造りなさい」と言われ、顔面蒼白(そうはく)になった。
余市で一番おいしくないワイン?
翌年、製造工程の一つの変化に不安になり、その都度コンサルタントに電話で聞きながら、ワインを仕込んだ。完成したワインを舌の肥えた地域の人たちに飲んで貰うと「余市で一番おいしくないワインだね」と笑われた。
1ヘクタールの畑で3000本を造る。いろいろな人に聞きながらワイン造りを続けるうちに、少しずつ評価されるようになり、2019年産くらいからは完売するようになった。
生まれた責任感。魂込めて
大下さんは「全く技術は確立していない。味もよく分からないし、どうしたらいいか分からない。『少しおいしくなったな』と日々学習する。そんなレベル」と謙遜する。ただ売れるようになって、強い責任感が生まれたという。待ってる人がいるのに失敗したとは言えない。「魂の入り方が違う」と自分でも感じている。
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子供たちとの約束の日を夢見て
ワインのおかげで、幼稚園の子供たちは念願通り、ブドウやプルーン、リンゴなど町の主要作物が実る畑を最高の遊び場に自然と触れ合っている。ジャガイモを育て、キャベツやブドウを収穫。年長さんはブドウの足踏み体験をする。そして卒園時には記念として、赤と白のワインを1本ずつ卒園者の家族に贈る。
巣立つ子供たちと毎回約束していることがある。20歳になった時、みんなでワイナリーに集まって、ワインを飲むこと。ワイナリーが完成した翌春卒園した子供たちは小学6年生になった。あと8年。その日が来るのを楽しみにしながら、ワインを造っている。
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<ワイナリー夢の森> 余市町豊丘町59の3。土日、祝日は、事前連絡があれば現地直売に対応する。TEL0135・48・5736へ。
北海道にあるワイナリーは53を数え、今やワインの一大産地となっています。地形や気候、積雪量の違いなど、生産者たちは地域ごとのテロワール(風土)を生かし、時には自然と戦いながらブドウの樹を育て、ワイン造りをしています。
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(※記事中の情報は記事公開当時のものです)
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